3-11
「どこにいるかわかるか⁉」
「そんなのわかんないよ‼」
少年の言葉に、少女が悲鳴のように答える。
失格の子の姿は見えない。でも、確かにどこかにいるのだ。このフィールドのどこかに。
すでに間近まで来ていて、今まさに自分たちに斬りかかろうとしているかもしれない。
チーム全員の額に汗が流れた。
みんなが周囲を警戒する。
対戦前に立てた作戦はすでに破綻はたんしていた。
「ど、どうします⁉ リーダー!」
「とにかく、なんとか攻撃の前兆を掴つかむんだっ!」
どこから来るかわからない攻撃が、全員の心に恐怖を与えていた。
がたんっと音がする。
全員がそっちの方向を向く。
それは風で立て看板が倒れる音だった。
彼らは怠おこたっていた。当初話していた三人の魔法使いへの警戒を。それでもサルデンたちが近づいてくれば作戦を思い出し、彼らへも注意を向けたかもしれない。
しかし、サルデンたちはずっと攻撃魔法が届かない位置にいた。
だから警戒しなかった。
射程外だったのはあくまで攻撃魔法の話で、立て看板を倒す風ぐらいは起こせたにもかかわらず。
それがエトワの立てた物音かと思って、全員の意識が向いた瞬間。
背後に黒いマントを纏まとったエトワが出現した。
右手で剣を抜き、まず少女の首を刺し貫つらぬく。
「え……?」
少女は自分の首に刺さった風不断フーチェイを呆然と見て、退場することになった。
陽動に引っかかっていた少年たちの反応は致命的に遅れる。
しかも、事前に立てていた作戦のせいで、密集隊形でいたことが裏目に出た。
反応する前にもう一人がやられる。流れるような横振りで首を刈られた。
残った少年は慌てて、使える魔法を放った。
一発当たれば倒せるはずだった。たとえ自分たちにとっては不完全な状態での魔法でも。相手の防御力は紙同然だった。しかし、それもミスだった。
自分たちに比べたら身体能力は劣るけれど、失格の子はアンデューラの試合の中で魔法を一発なら確実に避けてきたのだ。攻撃した瞬間の、動きが止まった状態を狙わないと倒しきれない。
動揺した少年は見事にその罠わなにかかった。
放たれた魔法の横をすれすれで抜け、エトワは少年に接近し、それだけはやたらと速い剣速で袈裟けさ切りに斬って捨てた。
しかし、エトワが少年を斬り捨てたのと同時に、リーダーの少年がそこに魔法を放っていた。
その攻撃でエトワの体は吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、お腹に穴が空く。致命傷だ。
さすがはリーダーというべきか。攻撃時の動きが止まったところへ、的確に攻撃をし、エトワをほぼ仕留めた状態にした。しかし、そこまでだった。
きっちり距離を詰めたサルデンたちが、その体に向けて魔法を放つ。
咄嗟とっさに魔法障壁しょうへきを張るが、タイミングの揃そろった三つの連撃を受けきれず、致命傷を受ける。
そのままリーダーも退場となった。
『サルデンチームの勝利です』
アンデューラの会場に勝利のアナウンスが響いた。
マジックアイテムの力を借りているとはいえ、ほぼ一人で三人を倒すという、初戦に次ぐ圧倒的な結果。そして歴史的な知名度を誇るマジックアイテムの登場。
その勝利に、試合を見ていた者たちのざわめきはしばらく治まらなかった。
第五章 入れ替え戦
アンデューラに参加することになってから、二ヶ月と半月が経とうとしてる。
もうリーグ戦の試合はだいぶ終わって、順位が決まりかけている時期だ。
現在、私たちのチームは二位と僅差きんさの三位。このあとの試合でも四位に転落する可能性はなく、入れ替え戦に出場することが確定していた。
そんなときに、シーシェさまから呼び出しを受けた。
今度は一人で高等部の桜貴会に向かうと、いつも通りソファでだらけてるシーシェさまがいた。
「いらっしゃい、エトワちゃん。パフェでも食べる?」
「いえ、お構いなく」
そう断ったけど、お茶と同時に問答無用でパフェが出てきた。
クリームとチョコに焼き菓子がのった美味おいしそうなやつだ。
これを作ったクレノ先輩は、優雅な仕草で紅茶をサーブすると、「ごゆっくり」と言って去っていく。もう完全にウェイター気取りである。
ここに店でも開く気だろうか……
「それでエトワちゃんからお願いされてたニンフィーユ家の説得だけど、なんとかなりそうよ。もうちょっとしたらルース殿下の誕生会があるのよ。このイベントには水の派閥はばつの面子メンツを考えて出席してほしいって、ペルシェン侯爵からしばらくぶりに連絡があったわ」
ルース殿下はこの国の第二王子だ。ゼル殿下と同じくアルセルさまのお兄さまである。あとアルセルさまにはお姉さまが一人いるらしい。
なんかシーシェさまの話からも、ニンフィーユ家のほうから折れた感が伝わってくる。
「お母さまはその日は予定があるって断ったけど、私は出ることにしたわ。代わりに、ペルシェン侯爵にはパイシェンちゃんのお婆さまを説得してもらうつもり。さすがに当主が表立って反対に回れば、家としても矛ほこを収めるでしょう」
もともと自分たちがサボって怒らせたのに、この期ごに及んでサボり、出席するとなれば、逆に要求を突きつける。ウンディーネ家、強すぎる……
でも、おかげで私は助けられてる。
試合を共にしてサルデンさんたちとも仲良くなってきたけど、やっぱり元のチームでがんばれるようになってほしい。サルデンさんたちもそれを望んでると思う。
ほっとしてると、シーシェさまがにんまりとした顔で私を見つめていた。
「な、なんでしょうか……」
美女のにんまり顔なんて珍しいものを見せられ、私は戸惑いながら返す。
するとシーシェさまは気だるげな仕草で顔に手を当て、いやいやといった感じに首を振った。
「王家の行事はめんどくさいのよねぇ。参加するにはそれなりのモチベーションが欲しいわ」
「モ、モチベーションですか……?」
モチベーションをお餅ですかなんちゃって!
『…………』
はい……
私がシーシェさまの意図がわからず戸惑っているのを見ると、件くだんの御方おんかたは男の子が見たら百発百中恋をしてしまうような蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべ、なんと私におねだりしてきた。
「だからお願いが叶ったら、エトワちゃんからのご褒美ほうびが欲しいな~」
「ご褒美ほうびって言われましても、シーシェさまが喜ぶものなんて私には用意できないかと……」
ウンディーネ家といったら超お金持ちだ。それはシルフィール家も同じだけど、私は嫡子ちゃくしではなく何の権利もないので、お金に困ったことはないけどお金持ちでもないといった感じだ。
シーシェさまを喜ばせるご褒美ほうびなんて、用意できそうもない。
「そんなことないわ。エトワちゃんならできるもの。ニンフィーユ家の説得が終わったらお願いね」
どうやら、もうご褒美ほうびを何にするのかは決まってるようだった。
しかも、教えてくれない……
なんだかとっても怖いぞぉー!
でも、ニンフィーユ家との諍いさかいを穏便おんびんに終わらせるためには、シーシェさまの力を借りるしかない。心配してくれたパイシェン先輩のためにも、がんばるサルデンさんたちのためにも。
「わ、わかりました……私にできることがあるなら全力でがんばります!」
私は冷や汗を垂らしながら、シーシェさまのご褒美ほうびを引き受けることになった。
お昼のあとはサルデンさんたちとの作戦会議。
私は早速、嬉しいニュースを報告した。
シーシェさまの助力で、私の周りの問題が解決できそうなことをサルデンさんたちに告げる。
「というわけで、もうすぐ元のチームに戻って試合できることになると思います!」
この報告でみんな喜んでくれると思ったんだけど、予想に反して反応は微妙だった。
サルデンさんには、ちょっと驚いた顔をされて。
「そんなことをしてくれていたのか。ウンディーネ家のご息女さまにまで連絡を取って……」
「そういえばニンフィーユ家の物言いがなければ、エトワさまは僕たちのチームに参加する必要はないんでしたね……」
ゾイさんがちょっと寂しそうに言った。
「で、でもボニーさんとまたチームを組めますよ!」
その言葉で何かを察したかのように、カリギュさんが舌打ちする。
「ちっ、あれ聞いてやがったのか……」
そういえば初めて会ったとき、盗み聞きしてしまったこと言ってなかったっけ。
「嬉しくないんですか……?」
てっきり喜んでくれると思ってたのに、三人の反応にちょっとしょんぼりとなる。
「ボニーとまたチームを組めるようになるのは嬉しいよ。でも、エトワさまが抜けるのは……こんなこと言うのは気恥ずかしいけど寂しいな……」
「どこにいるかわかるか⁉」
「そんなのわかんないよ‼」
少年の言葉に、少女が悲鳴のように答える。
失格の子の姿は見えない。でも、確かにどこかにいるのだ。このフィールドのどこかに。
すでに間近まで来ていて、今まさに自分たちに斬りかかろうとしているかもしれない。
チーム全員の額に汗が流れた。
みんなが周囲を警戒する。
対戦前に立てた作戦はすでに破綻はたんしていた。
「ど、どうします⁉ リーダー!」
「とにかく、なんとか攻撃の前兆を掴つかむんだっ!」
どこから来るかわからない攻撃が、全員の心に恐怖を与えていた。
がたんっと音がする。
全員がそっちの方向を向く。
それは風で立て看板が倒れる音だった。
彼らは怠おこたっていた。当初話していた三人の魔法使いへの警戒を。それでもサルデンたちが近づいてくれば作戦を思い出し、彼らへも注意を向けたかもしれない。
しかし、サルデンたちはずっと攻撃魔法が届かない位置にいた。
だから警戒しなかった。
射程外だったのはあくまで攻撃魔法の話で、立て看板を倒す風ぐらいは起こせたにもかかわらず。
それがエトワの立てた物音かと思って、全員の意識が向いた瞬間。
背後に黒いマントを纏まとったエトワが出現した。
右手で剣を抜き、まず少女の首を刺し貫つらぬく。
「え……?」
少女は自分の首に刺さった風不断フーチェイを呆然と見て、退場することになった。
陽動に引っかかっていた少年たちの反応は致命的に遅れる。
しかも、事前に立てていた作戦のせいで、密集隊形でいたことが裏目に出た。
反応する前にもう一人がやられる。流れるような横振りで首を刈られた。
残った少年は慌てて、使える魔法を放った。
一発当たれば倒せるはずだった。たとえ自分たちにとっては不完全な状態での魔法でも。相手の防御力は紙同然だった。しかし、それもミスだった。
自分たちに比べたら身体能力は劣るけれど、失格の子はアンデューラの試合の中で魔法を一発なら確実に避けてきたのだ。攻撃した瞬間の、動きが止まった状態を狙わないと倒しきれない。
動揺した少年は見事にその罠わなにかかった。
放たれた魔法の横をすれすれで抜け、エトワは少年に接近し、それだけはやたらと速い剣速で袈裟けさ切りに斬って捨てた。
しかし、エトワが少年を斬り捨てたのと同時に、リーダーの少年がそこに魔法を放っていた。
その攻撃でエトワの体は吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、お腹に穴が空く。致命傷だ。
さすがはリーダーというべきか。攻撃時の動きが止まったところへ、的確に攻撃をし、エトワをほぼ仕留めた状態にした。しかし、そこまでだった。
きっちり距離を詰めたサルデンたちが、その体に向けて魔法を放つ。
咄嗟とっさに魔法障壁しょうへきを張るが、タイミングの揃そろった三つの連撃を受けきれず、致命傷を受ける。
そのままリーダーも退場となった。
『サルデンチームの勝利です』
アンデューラの会場に勝利のアナウンスが響いた。
マジックアイテムの力を借りているとはいえ、ほぼ一人で三人を倒すという、初戦に次ぐ圧倒的な結果。そして歴史的な知名度を誇るマジックアイテムの登場。
その勝利に、試合を見ていた者たちのざわめきはしばらく治まらなかった。
第五章 入れ替え戦
アンデューラに参加することになってから、二ヶ月と半月が経とうとしてる。
もうリーグ戦の試合はだいぶ終わって、順位が決まりかけている時期だ。
現在、私たちのチームは二位と僅差きんさの三位。このあとの試合でも四位に転落する可能性はなく、入れ替え戦に出場することが確定していた。
そんなときに、シーシェさまから呼び出しを受けた。
今度は一人で高等部の桜貴会に向かうと、いつも通りソファでだらけてるシーシェさまがいた。
「いらっしゃい、エトワちゃん。パフェでも食べる?」
「いえ、お構いなく」
そう断ったけど、お茶と同時に問答無用でパフェが出てきた。
クリームとチョコに焼き菓子がのった美味おいしそうなやつだ。
これを作ったクレノ先輩は、優雅な仕草で紅茶をサーブすると、「ごゆっくり」と言って去っていく。もう完全にウェイター気取りである。
ここに店でも開く気だろうか……
「それでエトワちゃんからお願いされてたニンフィーユ家の説得だけど、なんとかなりそうよ。もうちょっとしたらルース殿下の誕生会があるのよ。このイベントには水の派閥はばつの面子メンツを考えて出席してほしいって、ペルシェン侯爵からしばらくぶりに連絡があったわ」
ルース殿下はこの国の第二王子だ。ゼル殿下と同じくアルセルさまのお兄さまである。あとアルセルさまにはお姉さまが一人いるらしい。
なんかシーシェさまの話からも、ニンフィーユ家のほうから折れた感が伝わってくる。
「お母さまはその日は予定があるって断ったけど、私は出ることにしたわ。代わりに、ペルシェン侯爵にはパイシェンちゃんのお婆さまを説得してもらうつもり。さすがに当主が表立って反対に回れば、家としても矛ほこを収めるでしょう」
もともと自分たちがサボって怒らせたのに、この期ごに及んでサボり、出席するとなれば、逆に要求を突きつける。ウンディーネ家、強すぎる……
でも、おかげで私は助けられてる。
試合を共にしてサルデンさんたちとも仲良くなってきたけど、やっぱり元のチームでがんばれるようになってほしい。サルデンさんたちもそれを望んでると思う。
ほっとしてると、シーシェさまがにんまりとした顔で私を見つめていた。
「な、なんでしょうか……」
美女のにんまり顔なんて珍しいものを見せられ、私は戸惑いながら返す。
するとシーシェさまは気だるげな仕草で顔に手を当て、いやいやといった感じに首を振った。
「王家の行事はめんどくさいのよねぇ。参加するにはそれなりのモチベーションが欲しいわ」
「モ、モチベーションですか……?」
モチベーションをお餅ですかなんちゃって!
『…………』
はい……
私がシーシェさまの意図がわからず戸惑っているのを見ると、件くだんの御方おんかたは男の子が見たら百発百中恋をしてしまうような蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべ、なんと私におねだりしてきた。
「だからお願いが叶ったら、エトワちゃんからのご褒美ほうびが欲しいな~」
「ご褒美ほうびって言われましても、シーシェさまが喜ぶものなんて私には用意できないかと……」
ウンディーネ家といったら超お金持ちだ。それはシルフィール家も同じだけど、私は嫡子ちゃくしではなく何の権利もないので、お金に困ったことはないけどお金持ちでもないといった感じだ。
シーシェさまを喜ばせるご褒美ほうびなんて、用意できそうもない。
「そんなことないわ。エトワちゃんならできるもの。ニンフィーユ家の説得が終わったらお願いね」
どうやら、もうご褒美ほうびを何にするのかは決まってるようだった。
しかも、教えてくれない……
なんだかとっても怖いぞぉー!
でも、ニンフィーユ家との諍いさかいを穏便おんびんに終わらせるためには、シーシェさまの力を借りるしかない。心配してくれたパイシェン先輩のためにも、がんばるサルデンさんたちのためにも。
「わ、わかりました……私にできることがあるなら全力でがんばります!」
私は冷や汗を垂らしながら、シーシェさまのご褒美ほうびを引き受けることになった。
お昼のあとはサルデンさんたちとの作戦会議。
私は早速、嬉しいニュースを報告した。
シーシェさまの助力で、私の周りの問題が解決できそうなことをサルデンさんたちに告げる。
「というわけで、もうすぐ元のチームに戻って試合できることになると思います!」
この報告でみんな喜んでくれると思ったんだけど、予想に反して反応は微妙だった。
サルデンさんには、ちょっと驚いた顔をされて。
「そんなことをしてくれていたのか。ウンディーネ家のご息女さまにまで連絡を取って……」
「そういえばニンフィーユ家の物言いがなければ、エトワさまは僕たちのチームに参加する必要はないんでしたね……」
ゾイさんがちょっと寂しそうに言った。
「で、でもボニーさんとまたチームを組めますよ!」
その言葉で何かを察したかのように、カリギュさんが舌打ちする。
「ちっ、あれ聞いてやがったのか……」
そういえば初めて会ったとき、盗み聞きしてしまったこと言ってなかったっけ。
「嬉しくないんですか……?」
てっきり喜んでくれると思ってたのに、三人の反応にちょっとしょんぼりとなる。
「ボニーとまたチームを組めるようになるのは嬉しいよ。でも、エトワさまが抜けるのは……こんなこと言うのは気恥ずかしいけど寂しいな……」