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114之後的生肉直至第三卷完

只看楼主收藏回复

好想知道114後的劇情,之後去找發現生肉要購買,之後就買了,但是機翻真難受.


IP属地:中国香港1楼2020-07-12 15:58回复
    3-11
    「どこにいるかわかるか⁉」
    「そんなのわかんないよ‼」
     少年の言葉に、少女が悲鳴のように答える。
     失格の子の姿は見えない。でも、確かにどこかにいるのだ。このフィールドのどこかに。
     すでに間近まで来ていて、今まさに自分たちに斬りかかろうとしているかもしれない。
     チーム全員の額に汗が流れた。
     みんなが周囲を警戒する。
     対戦前に立てた作戦はすでに破綻はたんしていた。
    「ど、どうします⁉ リーダー!」
    「とにかく、なんとか攻撃の前兆を掴つかむんだっ!」
     どこから来るかわからない攻撃が、全員の心に恐怖を与えていた。
     がたんっと音がする。
     全員がそっちの方向を向く。
     それは風で立て看板が倒れる音だった。
     彼らは怠おこたっていた。当初話していた三人の魔法使いへの警戒を。それでもサルデンたちが近づいてくれば作戦を思い出し、彼らへも注意を向けたかもしれない。
     しかし、サルデンたちはずっと攻撃魔法が届かない位置にいた。
     だから警戒しなかった。
     射程外だったのはあくまで攻撃魔法の話で、立て看板を倒す風ぐらいは起こせたにもかかわらず。
     それがエトワの立てた物音かと思って、全員の意識が向いた瞬間。
     背後に黒いマントを纏まとったエトワが出現した。
     右手で剣を抜き、まず少女の首を刺し貫つらぬく。
    「え……?」
     少女は自分の首に刺さった風不断フーチェイを呆然と見て、退場することになった。
     陽動に引っかかっていた少年たちの反応は致命的に遅れる。
     しかも、事前に立てていた作戦のせいで、密集隊形でいたことが裏目に出た。
     反応する前にもう一人がやられる。流れるような横振りで首を刈られた。
     残った少年は慌てて、使える魔法を放った。
     一発当たれば倒せるはずだった。たとえ自分たちにとっては不完全な状態での魔法でも。相手の防御力は紙同然だった。しかし、それもミスだった。
     自分たちに比べたら身体能力は劣るけれど、失格の子はアンデューラの試合の中で魔法を一発なら確実に避けてきたのだ。攻撃した瞬間の、動きが止まった状態を狙わないと倒しきれない。
     動揺した少年は見事にその罠わなにかかった。
     放たれた魔法の横をすれすれで抜け、エトワは少年に接近し、それだけはやたらと速い剣速で袈裟けさ切りに斬って捨てた。
     しかし、エトワが少年を斬り捨てたのと同時に、リーダーの少年がそこに魔法を放っていた。
     その攻撃でエトワの体は吹き飛ばされる。
     壁に叩きつけられ、お腹に穴が空く。致命傷だ。
     さすがはリーダーというべきか。攻撃時の動きが止まったところへ、的確に攻撃をし、エトワをほぼ仕留めた状態にした。しかし、そこまでだった。
     きっちり距離を詰めたサルデンたちが、その体に向けて魔法を放つ。
     咄嗟とっさに魔法障壁しょうへきを張るが、タイミングの揃そろった三つの連撃を受けきれず、致命傷を受ける。
     そのままリーダーも退場となった。
    『サルデンチームの勝利です』
     アンデューラの会場に勝利のアナウンスが響いた。
     マジックアイテムの力を借りているとはいえ、ほぼ一人で三人を倒すという、初戦に次ぐ圧倒的な結果。そして歴史的な知名度を誇るマジックアイテムの登場。
     その勝利に、試合を見ていた者たちのざわめきはしばらく治まらなかった。
       第五章 入れ替え戦
     アンデューラに参加することになってから、二ヶ月と半月が経とうとしてる。
     もうリーグ戦の試合はだいぶ終わって、順位が決まりかけている時期だ。
     現在、私たちのチームは二位と僅差きんさの三位。このあとの試合でも四位に転落する可能性はなく、入れ替え戦に出場することが確定していた。
     そんなときに、シーシェさまから呼び出しを受けた。
     今度は一人で高等部の桜貴会に向かうと、いつも通りソファでだらけてるシーシェさまがいた。
    「いらっしゃい、エトワちゃん。パフェでも食べる?」
    「いえ、お構いなく」
     そう断ったけど、お茶と同時に問答無用でパフェが出てきた。
     クリームとチョコに焼き菓子がのった美味おいしそうなやつだ。
     これを作ったクレノ先輩は、優雅な仕草で紅茶をサーブすると、「ごゆっくり」と言って去っていく。もう完全にウェイター気取りである。
     ここに店でも開く気だろうか……
    「それでエトワちゃんからお願いされてたニンフィーユ家の説得だけど、なんとかなりそうよ。もうちょっとしたらルース殿下の誕生会があるのよ。このイベントには水の派閥はばつの面子メンツを考えて出席してほしいって、ペルシェン侯爵からしばらくぶりに連絡があったわ」
     ルース殿下はこの国の第二王子だ。ゼル殿下と同じくアルセルさまのお兄さまである。あとアルセルさまにはお姉さまが一人いるらしい。
     なんかシーシェさまの話からも、ニンフィーユ家のほうから折れた感が伝わってくる。
    「お母さまはその日は予定があるって断ったけど、私は出ることにしたわ。代わりに、ペルシェン侯爵にはパイシェンちゃんのお婆さまを説得してもらうつもり。さすがに当主が表立って反対に回れば、家としても矛ほこを収めるでしょう」
     もともと自分たちがサボって怒らせたのに、この期ごに及んでサボり、出席するとなれば、逆に要求を突きつける。ウンディーネ家、強すぎる……
     でも、おかげで私は助けられてる。
     試合を共にしてサルデンさんたちとも仲良くなってきたけど、やっぱり元のチームでがんばれるようになってほしい。サルデンさんたちもそれを望んでると思う。
     ほっとしてると、シーシェさまがにんまりとした顔で私を見つめていた。
    「な、なんでしょうか……」
     美女のにんまり顔なんて珍しいものを見せられ、私は戸惑いながら返す。
     するとシーシェさまは気だるげな仕草で顔に手を当て、いやいやといった感じに首を振った。
    「王家の行事はめんどくさいのよねぇ。参加するにはそれなりのモチベーションが欲しいわ」
    「モ、モチベーションですか……?」
     モチベーションをお餅ですかなんちゃって!
    『…………』
     はい……
     私がシーシェさまの意図がわからず戸惑っているのを見ると、件くだんの御方おんかたは男の子が見たら百発百中恋をしてしまうような蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべ、なんと私におねだりしてきた。
    「だからお願いが叶ったら、エトワちゃんからのご褒美ほうびが欲しいな~」
    「ご褒美ほうびって言われましても、シーシェさまが喜ぶものなんて私には用意できないかと……」
     ウンディーネ家といったら超お金持ちだ。それはシルフィール家も同じだけど、私は嫡子ちゃくしではなく何の権利もないので、お金に困ったことはないけどお金持ちでもないといった感じだ。
     シーシェさまを喜ばせるご褒美ほうびなんて、用意できそうもない。
    「そんなことないわ。エトワちゃんならできるもの。ニンフィーユ家の説得が終わったらお願いね」
     どうやら、もうご褒美ほうびを何にするのかは決まってるようだった。
     しかも、教えてくれない……
     なんだかとっても怖いぞぉー!
     でも、ニンフィーユ家との諍いさかいを穏便おんびんに終わらせるためには、シーシェさまの力を借りるしかない。心配してくれたパイシェン先輩のためにも、がんばるサルデンさんたちのためにも。
    「わ、わかりました……私にできることがあるなら全力でがんばります!」
     私は冷や汗を垂らしながら、シーシェさまのご褒美ほうびを引き受けることになった。
     お昼のあとはサルデンさんたちとの作戦会議。
     私は早速、嬉しいニュースを報告した。
     シーシェさまの助力で、私の周りの問題が解決できそうなことをサルデンさんたちに告げる。
    「というわけで、もうすぐ元のチームに戻って試合できることになると思います!」
     この報告でみんな喜んでくれると思ったんだけど、予想に反して反応は微妙だった。
     サルデンさんには、ちょっと驚いた顔をされて。
    「そんなことをしてくれていたのか。ウンディーネ家のご息女さまにまで連絡を取って……」
    「そういえばニンフィーユ家の物言いがなければ、エトワさまは僕たちのチームに参加する必要はないんでしたね……」
     ゾイさんがちょっと寂しそうに言った。
    「で、でもボニーさんとまたチームを組めますよ!」
     その言葉で何かを察したかのように、カリギュさんが舌打ちする。
    「ちっ、あれ聞いてやがったのか……」
     そういえば初めて会ったとき、盗み聞きしてしまったこと言ってなかったっけ。
    「嬉しくないんですか……?」
     てっきり喜んでくれると思ってたのに、三人の反応にちょっとしょんぼりとなる。
    「ボニーとまたチームを組めるようになるのは嬉しいよ。でも、エトワさまが抜けるのは……こんなこと言うのは気恥ずかしいけど寂しいな……」
     


    IP属地:中国香港2楼2020-07-12 16:00
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      サルデンさんは私が抜けることに、そう言ってくれた。
       二ヶ月ちょっとの間、一緒にがんばってきたんだもん。そう言ってもらえると嬉しい。
       ゾイさんも寂しそうに言う。
      「補欠でもチームに残る気はないですか……?」
       アンデューラは戦いに出れる人数は四人だけど、もう一人、予備の人員をチームに置ける。
       それなら私も残れるけど――
      「ごめんなさい、やっぱりこれだけマジックアイテムで補助されて戦ってるのは不自然なことだと思いますし、いずれ対策されてチームの足を引っ張ることになるかもしれません。それはチームにも周りにもあんまりいいことじゃないと思うから、参加するのは今回限りにしたいかなと思ってます」
       今は風不断フーチェイと透明の布アヴィジーバのおかげで戦えてるけど、いつまでこの状況が続くかはわからない。
       あんまりやりすぎると、不平不満が出てくるだろう。ルール上はマジックアイテムの持ち込みが二つまで許可されているけど、それをやってるのは私以外にはいない。
       貴族同士でも経済格差があるから、それで勝負がつかないように控えているのだ。
       私がそれを破っても批判されないのは、もともと魔法が使えない弱者だからだろう。でも、この状態が続けば、他にもマジックアイテムを勝負に持ち込む人が出てくるかもしれない。
       それは貴族の子たちの実戦力を鍛えるためという、アンデューラの趣旨を捻ねじ曲げてしまう。
      「そうですか……」
       私の言葉に、ゾイさんはため息を吐ついてそう言った。
      「せめて入れ替え戦までは出ろよな」
       カリギュさんはそう言ってくれた。
      「ええ? でも、ボニーさんと一緒に出たほうが……」
       透明の布アヴィジーバのおかげで、安定して戦えるようにはなったけど、華々しい活躍かつやくができたのは、やっぱり最初のお披露目のときだけ。手の内がバレてからは、うまくいって二人、普通は一人を倒すのが精一杯になった。
       それならボニーさんを戻したほうが、堅実に戦えるのではと思う。
       私の言葉に、カリギュさんはちょっと怒ったように言った。
      「この二ヶ月を戦って入れ替え戦の権利を手に入れたのは、お前がいるチームだ。最後まできっちり戦えよ。入れ替え戦だけ戻ってきて、昇格の権利を手に入れるなんてボニーも望まねぇよ!」
      「そうですよ、入れ替え戦ぐらいまでは一緒に戦ってくれますよね、エトワさま」
       ゾイさんも微笑んでそう言ってくれた。
       最初は決して歓迎された仲じゃなかったけど、この二ヶ月、一緒に戦って、私のことを仲間として認めてくれたのだ。なんだかちょっとじんときた。
       サルデンさんのほうを見ると、サルデンさんも私に微笑んで頷うなずく。
      「エトワさまのいるサルデンチームの総決算です。最後までよろしくお願いします」
      「こちらこそよろしくお願いします!」
       アンデューラに参加するってなったときは、こんなことになるとは思わなかったけど、でも参加できて良かったかなって思えた。
       それから私たちは残りの試合を片付け、入れ替え戦には16〔シズ〕の二位という成績で挑むことになった。
       入れ替え戦の枠は三つ。私たちが戦うのは15〔クインズェ〕リーグの下から二番目のチーム。そして15〔クインズェ〕の最終順位は、今日の試合で決まる。
       私はスリゼルくんとクリュートくんの応援も兼ねて試合を見に来た。
       スリゼルくんチームは1〔ユーヌ〕で現在二位の成績だ。ほとんど無敗なんだけど、ソフィアちゃんたちのチームにだけは負けてしまっている。
       スリゼルくんたちはその日の試合も圧勝し、無事に1〔ユーヌ〕二位の成績を守りきった。
       すごいけど本人たちはちょっと不満そうだった。でも、ソフィアちゃんチームのほうが侯爵家の子が一人多いわけだし、これで評価に差がつくことはまったくないと思う。
       その後、15〔クインズェ〕の試合が始まった。
       奇くしくも下から三番目のチームと下から二番目のチームの戦い。
       たぶんこのどちらかと戦うことになるだろう。サルデンさんたちも見に来ていて、一緒に観戦することになった。
       そして試合が始まった途端、驚きの光景を見ることになった。
      「ええっ⁉」
       下から三番目、つまり上位のチームが、無抵抗にやられ始めたのだ。
       何もせず、相手からの魔法を受けていく。
       ゾイさんがそれを見て苦々しい顔で言った。
      「あいつら水の派閥はばつの人間たちです。こんなことをする意図は明白ですね……」
      「最後の嫌がらせってやつか」
      「あのチーム、去年はリーグ三位でした。メンバーも変わってない。実力は15〔クインズェ〕の上位ですよ」
       それなのに、わざと負けて私たちと戦おうとしているらしい。
       あわわ、最後まで私のせいでごめんなさい……
      「まあ精一杯やろうぜ。透明の布アヴィジーバをつけたお前なら一泡吹かせるぐらいはできるはずさ」
      「初戦のような嫌がらせはさせません。お互い正面から戦うだけですよ」
      「ああ、望むところだ!」
       私がへこんでると、サルデンさんたちが励ましてくれた。うん、がんばろう。
       また決心して、私たちが帰る準備を始めると、次の試合が始まった。
       次も15〔クインズェ〕の試合だった。けど最下位と一位の試合だ。
       さっきみたいな組み合わせなら順位が変動する可能性もあったけど、今回は実力に差がありすぎる。しかも一位のチームは全勝中らしい。これでは結果は見えてる。
       私たちはこの試合は見ずに席を立った。
       しかし――
      『ザルドチームの勝利です!』
       そのアナウンスに場内がざわめく。
       雑談しながら外に出ようとしていた私たちも、思わず振り返って目を向けた。
      「一位のチームが負けた⁉」
       魔法で投影されたスクリーンみたいな映像に、15〔クインズェ〕の最終順位が表示されていた。上位のチームに変動はなかったけど、下位のほうに変化があった。
       前の試合で下から二番目になった水の派閥はばつのチームが一番下に落とされる。そして最下位だったチームが一つ上がってくる。
       試合相手が変わってしまった。
       私たちの相手はザルドチームと呼ばれてたチームだ。
      「お、おい、何があったんだ。一位のチームが負けるなんて……」
      「……どんな相手だろうと、俺たちは全力で戦うだけだ」
      「そ、そうですよね」


      IP属地:中国香港3楼2020-07-12 16:03
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        ちょっと戸惑いつつも、私たちはそう言って颔うなずき合った。
         その后、サルデンさんたちからごはんに诱われたけど、パイシェン先辈に会うことになってたので断って、私は小等部の校舎に向かう。
         パイシェン先辈にも私のせいで心配をかけたし、あらためてお礼を言わないといけない。
         応援に来てくれるかなって思ったけど、それは精神的な负担が大きくて无理だったらしい。スポーツ観戦苦手な人いるよね。选手に感情移入しすぎるんだとか。
         意外と神経が细いところがあるパイシェン先辈だった。
         校舎の角を曲がると、いきなり谁かとぶつかった。
        「あいだーっ!」
         体格は同じくらいだったけど、相手の势いのほうが强くて、私は地面に*もちをつく。
         これはどこかで见たパターン。パンをくわえておくべきだったろうか。
        「だ、大丈夫ですか⁉ ご、ごめんなさい……」
        「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらこそ、不注意ですみません」
         一瞬、ふざけかけた私だけど、相手の怯おびえたような声に、すちゃっと立ち上がって手を振った。
         相手に视线を向けると、私と同い年くらいの少年が、怯おびえて泣きそうな颜でこちらを见ていた。
         白いふわっとした髪が特徴の、気弱そうな少年だ。草食动物みたいな感じがする。
         そこまで申し訳なさそうにしなくてもって表情で、こちらを窥うかがっていた少年だけど、私の额に目を向けると、表情が変わる。
        「あ、あなた、もしかしてエトワさまですか……?」
        「は、はい。そうですけど」
         颔うなずくと、少年はちょっとだけ安心した表情になった。
        「クレノ先辈から闻いています。贵族生まれだけど优しくて面白い人だって。あ、でもぶつかってしまったのは本当にごめんなさい」
         ちょっと、クレノ先辈。优しいはともかく、面白いってなんですか。
         人を面白いっておかしくない?
         おかしいよね。
        「いえ、ぶつかったのはお互いさまですよ。それよりクレノ先辈のお知り合いってことは」
        「あ、はい、仆は平民の生徒です。あの……カシミアっていいます」
         どうやら平民出身の子だったらしい。
         容姿は贵族の子たちと比べてもなんら逊色そんしょくないんだけど。まあクレノ先辈もかなりのイケメンだしね。魔力が强いと美形に生まれやすいのだろうか。
         カシミアくんは胸に手を当てた可爱い仕草で微笑んで言う。
        「クレノ先辈は仆の憧あこがれの人です。强くて贤くて、将来は绝対すごい魔法使いになる人だと思います」
         そのすごい人は现在、ウェイターの真似事に梦中になり、高等部の桜贵会の一室に调理场を作り、パフェやお菓子、パスタなんかを量产してると闻いたら、この子はどう思うんだろうか。
        [图片01]
        「クレノ先辈のこと尊敬してるんですね」
         この事実は私の心の中にしまっておこう。そう思い、生暖かい笑みを浮かべて话を流すと、カシミアくんは嬉しそうに「はい!」と颔うなずいた。
        「ところで急いでたようだけど、大丈夫ですか?」
         走ってたようだし。私がそう寻ねると、カシミアくんは「あっ」と体を强张こわばらせた。
         どうしたのだろう、そう思ってたら彼を呼ぶ声が闻こえた。
        「おーーい! カシミア、どこにいやがる!」
         ちょっと乱暴そうな声。
        「あ、こちらにいます! 今すぐ行きます! ザルドさま!」
         ん? ザルド。なんか闻き覚えがあるような。
        「あぁ⁉ そっちにいるのかよ!」
         そう思っていたら、校舎の向こうから上级生が现れた。
         つんつんの赤い髪に、するどい三白眼さんぱくがん。肩をいからせて歩く、私たちより年上と思おぼしき少年。后ろには、さらに三人の生徒を従えていた。
         大きながっしりした体格の少年に、猫っぽい目つきの少女、それからおかっぱの中性的な少年。
         あ、思い出した。
         最下位だったのに、一位のチームに胜った人たちだ。
         つまり、今度の入れ替え戦の対戦相手。
         ザルドと呼ばれた少年も、私の姿を见て何かに気づいたようで、にやっと笑みを浮かべる。
        「おうおう、なんだよお前。面白い相手と一绪にいるじゃねーか!」
        「え、えっとエトワさまは……」
         カシミアくんはちょっと怯おびえた颜で、それでも私のことを庇かばうように、私とザルドという少年の间に入る。
        「知ってるぜ! 次の対戦相手だろ! 魔力もないくせにアンデューラに参加しやがったアホ野郎! それがなかなか珍妙な戦い方をするらしいじゃねぇか」
         ザルドという少年は私のことを知っていたらしい。
         狂犬をイメージさせる笑みを浮かべながら、ポケットに手を入れたまま私を见下ろす。
         それから私に対して舌を出すと、右手の亲指を立てて、クイッと首を切る动作をした。
        「でも、俺らがちゃんとぶっつぶしてやるから覚えとけよぉ」
         うわぁ……DQN。
         周明け、サルデンさんに诱われて、早速入れ替え戦のための作戦会议をすることになった。
         まずサルデンさんが、入れ替え戦について说明してくれる。
        「入れ替え戦は今までと违い、同じチームと何回か戦うことになる。最大で三戦やって先に二胜したほうの胜ちだ」
         なるほど、二本先取になるのか~。
        「俺たちの相手はザルドチーム。火の派阀はばつのエルビー伯爵家の嫡子ちゃくし、ザルドが代表を务めるチームだ。去年は一时期14〔トロンツェ〕にいたこともある実力のあるチームだが、今年に入ってなぜか调子を落として15〔クインズェ〕からの降格候补になってしまった」
         サルデンさんはザルドチームの详しいチーム构成について说明を始める。
        「チームメンバーは五人。火の派阀はばつの人间が二人に、水の派阀はばつが一人、土の派阀はばつが一人、平民が一人という典型的な混成チームだ。平民の子は今年からチームに入ったようだ」
        「平民の新入りか、警戒が必要かもな」
        「平民の子だと警戒対象なんですか?」
         私はカリギュさんの言叶に首をかしげる。
         一般的には、平民よりも贵族のほうが魔力が高い。ルーヴ・ロゼに入学できる平民の子は、确かに贵族に并ぶような才能をもっているけど、それでも互角かやや劣るぐらい。圧倒するほどの力はないはずだ。クレノ先辈なんて例外中の例外だ。
         なのに贵族の子が明确に平民の子を警戒しろなんて口にするのは珍しい。
        「エトワさまはそこらへんの事情には详しくないんですよね。アンデューラの参加义务があるのは贵族だけなんです。といっても、ルールで决められてるわけではなく、参加しないと贵族社会で肩身が狭くなったり、上からお叱りを受けたりするぐらいです。対して、平民の子は参加してもしなくてもよい立场にあります」
         ゾイさんが私のために丁宁に说明をしてくれる。ありがたい。
        「平民の子が参加するには、贵族のチームに混じるか、自分たちでチームを组むことになります。でも后者をやる子はほとんどいません。だいたい、支援してくれる贵族との繋がりで、メンバー不足のチームに便利屋という感じで入ります」
         なるほど~。
        「基本的に平民の子は、周りの贵族の颜を立てて、力を抑えて戦うことが多いです。必然的に评価も低めになってます。少しかわいそうにも思いますが、それも彼らなりの処世术しょせいじゅつなので仕方がないでしょう」
         ゾイさんはそこから颜をしかめて言った。
        「しかし、この倾向を利用して、支援している平民にわざと悪い成绩を取らせて、本来の実力と比べて不当に低いリーグに置く者がいます。自分のチームを有利にするために。本来なら上のリーグにいるような选手が补欠にいて、いざというとき试合に出てくる感じです。今回の入れ替え戦のような负けられない试合に……」
         うおぉっ、それはちょっとずるい気がするぞ……。たとえとしてはスポーツの二军の试合に一军で活跃かつやくできるエースをもってきちゃうような状态かぁ。


        IP属地:中国香港4楼2020-07-12 16:06
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          「ひいきと失格の子がなんで……?」
          「そういえば、この前試合をしたって言ってたわ」
           ひいき……?
           ちょっと気になるワードが出てきた。
          「あの、ご用件はなんでしょう……エトワさま……」
           まあご用件はあるんだけど、まずは居づらそうにしているカシミアくんのためにその手を取る。
          「えっえっ⁉」
          「とりあえず、行こっかー!」
          「ど、どこにですか……?」
          「どこへでもさー!」
           ひとまずカシミアくんがあんまり緊張しないように、人がいないところに行こう。
           私はカシミアくんの手を引いて、廊下を歩いた。
           そしてやってきた人目のない裏庭。私はようやくカシミアくんの手を放した。
          「ごめんね、強引に連れてきちゃって」
          「いえ、それは大丈夫です……」
           人目のないところにやってきて、少しカシミアくんの緊張も解けたようだ。
           ほっとした顔をしている。
           やっぱりゴールドクラスの人たちが原因なんだろうか。
           私は少し探りを入れてみる。
          「友達との約束とかは大丈夫? ちょっとお話をしたかったんだけど、約束破らせたら悪いなぁって思って」
          「い、いえ、そういうのは……その……ないですから……大丈夫です」
           私の質問に、カシミアくんは少し答えにくそうに言った。
           その返答から察する。どうやらクラスに友達はいないらしい。
           まあ人のこと言えないけどね。
           私もクラスでは未だにぼっちである。
           でもおかしい。カシミアくんは平民だ。
           ルーヴ・ロゼは貴族学校だから平民が過ごしにくい点は確かにある。でも、だからこそ平民同士は親しくなりやすいのだ。ゴールドクラスには優秀な平民の子が、他にも何人か在籍してるはず。
           なのに、なぜか友達がいない。
           クラスメイトのカシミアくんを見る目も、どこか集団から浮いた存在を見る目だった。
           私みたいな思いっきり変な生い立ちなら、そうなるのもわかる。
           でもカシミアくんはまるっきり普通な子で、少し臆病おくびょうなところはあると思うけど、大人しくて容姿も可愛らしい。今も裏庭を吹く風に、白い柔らかな髪がぽわぽわと揺れて、澄んだ青い瞳でこちらを窺うかがう様子は、白くて綺麗なヒツジみたいな感じだ。
           こんなに可愛い子がぼっちのはずがない! なぜだー!
           と聞きたいところだけど、まずそこは置いといて、ここは距離を縮めないといけない。
          「実は観劇のチケットが余ってて、良かったら明日一緒に行かないかい?」
          「僕とですか⁉」
           明日は火曜日だけど祝日で、試合がなく、学校もお休みだ。
           いきなりすぎるかもしれないけど、カシミアくんはちょっと臆病おくびょうなところがあるようなので、ここは私が強引に行かないといけないと思う。きっと初対面で話しかけてくれたのは、クレノ先輩から話を聞いて、馴染なじみやすさを感じてくれてたからだろう。
           でもそれも偶然の衝突があってこそで、今はカシミアくんのほうからちょっと距離を置かれてるように感じる。
          「私と行くのは嫌かい~?」
           こう聞くと気弱な子は断れない。
           私は答えを確信しながら、カシミアくんに聞く。
          「そ、そんなことないです……」
          「誰かと遊ぶ予定とかはないんだよね」
          「は、はい……」
          「じゃあ、行こうー!」
           こうなった時点で、カシミアくんの火曜日の予定は決まってしまった。
           いや、でも悪意からやってるんじゃないよ。ちょっとクラスでの様子とか、アンデューラでのおかしな様子とかの理由を聞きたいのだ。少し心配なのだよ~。
          「わかりました……。あの、よろしくお願いします」
           強引に誘ったわけだけど、カシミアくんの返事はちゃんと嬉しそうな感じもあって安心する。
           表情に出して、喜んでたわけじゃない。
           けど、はにかみかけたのを隠すような、喜ぶことに慣れてないような、そんな表情だった。
           さてさての火曜日の朝。
           カシミアくんと劇を見て、食事でもして、もし悩んでることがあったら聞いてみようということで、元気よくお出かけだ。
          「いってきま~す!」
          「…………」
          「…………」
          「…………」
           あぁぁぁぁ、出かけにくい。
           ソフィアちゃんが、リンクスくんが、ミントくんが、玄関へ向かう途中にある広間で、ソファの背もたれから顔の上半分だけ出して、お出かけについていきたそうにじっとこちらを見ている。
          「い、いってきま~す……ね?」
          「…………」
          「…………」
          「…………」
           誰も『いってらっしゃい』とは言ってくれない。
           みんな恨みがましそうにこちらを見ている。
           くぅ……
           確かに祝日の火曜日、お出かけに行こうとみんなに誘われたけど……
           私だってせっかくの祝日だし、護衛役の子たちと遊んであげたい!
           でも、ソフィアちゃんたちがいたら、カシミアくんが絶対に緊張するし、それでは事情が聞けなくなってしまう。なので護衛も断った。
           ここは……心を鬼にするしかあるミヤマヒダリマキマイマイ……
          「いってまいります!」
          「ああっ……!」
           私がソフィアちゃんたちの重い視線を振り切るように玄関へダッシュすると、背後から悲しそうな悲鳴が聞こえてきた。
           アンデューラが終わったら、時間に余裕ができるから、そのときはあの子たちとたっぷり遊んであげよう……。そう反省しながら、カシミアくんとの待ち合わせ場所まで歩く。
           ルーヴ・ロゼには遠くから入学した平民の子のための寮がある。
           待ち合わせ場所は、その寮の近くにある公園の噴水ふんすい前にした。
           噴水ふんすい前に着くと、もうカシミアくんがいた。
          「お待たせしてごめんね~」
           集合時間はまだ先だったけど、一応謝っておく。
          「あ、エトワさま、そんなに待ってないですよ」
           振り返ったカシミアくんの姿を見た瞬間、私は驚愕きょうがくした。
           服が……ださいっ……!
           いや、人の服にケチをつけてはいけないのだけど、よれよれの古着に、毛羽立けばだったズボン、明らかに家でしか着ないような服装だったのだ。
           カシミアくんも私の反応からそれを察したのか、ちょっと恥ずかしそうに赤面し、よれよれの服を隠して、申し訳なさそうにする。
          「あの、ごめんなさい。あんまり外に出かけないので、こういう服しかなくて……。これでも一番、マシなのを選んできたんですけど……」
           うーん、これはカシミアくんの抱える問題、思った以上に深刻なのかもしれない。
           こういう服しかないってことは、休日にもあまり外出してないってことだよね。一緒に遊ぶような友達もいないってことになる。
           クラスだけじゃなくて、寮でもこの子と接してくれるような子はいないのだろうか。
          「やっぱりエトワさまのような方と出かけるには不釣合いでしたよね。ごめんなさい……」
           だんだんと落ち込んでしまうカシミアくんに私は慌てて首を振る。
          「いやいやいや、そんなことないよ。でも、今日はちょっと贅沢ぜいたくな場所にも行くから、どうせなら綺麗な服にしようか~。お知り合いになった記念に私がプレゼントするよ。おしゃれしてから遊んだほうが楽しいよ!」
          「え、そんな申し訳ないです!」
          「大丈夫大丈夫! 私に任せてー!」
           私はちょっと強引にカシミアくんを、仕立ての良さの割に値段はリーズナブルな、いい感じのお洋服屋さんに連れていく。
           そこで、カシミアくんに似合う服を買った。
           カシミアくんの髪の色に似た真っ白な布地のカッターシャツに、その色を引き立てる黒いベスト、それから同じ色のズボン。
          「似合うよ~。可愛いよ~」
           きちんとした服を着たカシミアくんはとても可愛かった。
           しゃっきりとした黒いベストと白いシャツが、澄んだ青い瞳と白いふわふわの髪をとてもよく引き立てている。貴族のご令息だと言われても、この格好なら、誰も疑問を抱かないだろう。
          「とてもよくお似合いです」
           入ってきたときはびっくりしてた店員さんも、満面の笑みで褒めてくれる。
           私は店員さんにお支払いを済ませると、そのまま買ったばかりの服を着たカシミアくんと一緒に店を出た。
           カシミアくんはちょっと焦った表情だった。
          「い、いいんですか? こんなに高い服……」
           高い服といっても、私がもらってる程度のお小遣いで払える金額だから、そこまで大したことはないはずなんだけどねぇ。
           もちろん世間一般の家の子供に比べたら、とても恵まれてるという自覚はある。
           でも普通の世界でも、中学生が一年お小遣いを貯めたら買えるぐらいのグレードの服を選んだつもりだ。貴族の支援を受けてる平民の子なら、何着か持っててもおかしくない。
           うーん、どうやらさっきの服からして、出かける習慣がないだけでなく、経済的にも困窮こんきゅうしてる感じがする。貴族からの支援が途絶えてるってこと……?
           確認しなきゃいけないことは増えたけど、とりあえず今は一緒にお出かけを楽しもう。
          「どうしても気になるなら、ほら、ポルフィーヌ祭のプレゼントってことで」
          「ポルフィーヌ祭って、もう四ヶ月も前の話ですよ……」
          「そのころはカシミアくんとお知り合いになれてなかったからさ。来年ももちろんプレゼントするよ! 楽しみにしててね!」
           ポルフィーヌ祭は日本でいう七夕たなばたとクリスマスを合わせたみたいな行事だ。
           おうちでパーティーを開いて、美味おいしい料理を食べて、パナトラという木に願い事を書いた紙を吊るす。その一年を、いい子に過ごせてた子は、願い事が叶うって言われてる。
           まあ実際のところ、家族からプレゼントをもらうか友達とのプレゼント交換になるわけだけど。
           シルフィール家ではいつもホームパーティーを開いている。平民の子たちは寮暮らしだから、学校でパーティーが開かれているらしい。
           ちょっと強引な態度が功こうを奏そうしたのか、カシミアくんはプレゼントした服をちょっと戸惑うように見回したあと、上目遣いにお礼を言ってくれた。
          「あの……ありがとうございます……」
          「どういたしまして!」
           私は両手の親指をぐっと立てた。その後は、二人で劇場へ向かう。
           チケットを見せながら、カシミアくんに尋ねる。
          「カシミアくんは、この演目は好き?」
          「本でなら読んだことあります。好きな話ですけど、劇で見るのは初めてなので楽しみです」


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            3-13
             良かった。男の子が好きそうな冒険と友情みたいな劇を選んだけど、好みに合ってたようだ。
             おしゃべりしながら町を歩き、開演前のちょうど良い時間に劇場に着く。
            「ガレットー! ガレットはいりませんかー!」
            「ガレットと紅茶を二人分ください」
            「はいー! ありがとうございますー!」
             劇場前の売り子の少年から、上演中でも食べられるガレットと、ぬるめの紅茶を買う。紅茶は木製のコップで、ガレットは油紙に包んで渡される。油紙は捨てていいけど、コップは後で返却するのがマナーです。
             それじゃあ入ろうか、と劇場の入り口をくぐろうとしたとき、私は誰かの気配に気づいた。
            「んっ?」
            「どうしました、エトワさま」
            (これはソフィアちゃんたちじゃないよね。人数が違うし……)
             私はカシミアくんのほうを見て尋ねる。
            「今日、誰かに出かけるって言ってきた?」
            「え、えっと……」
             そこでカシミアくんの表情がちょっと曇る。
            「ザルドさまたちには、エトワさまと出かけてくるって報告しました……。もしかしたらミーティングや用事があったかもしれないので……」
            「そっかそっかぁ~」
            「どうしたんですか?」
             不安そうに尋ねてくるカシミアくんに、私は笑顔を作って首を振る。
            「なんでもないよ~。それより、早く入ろう。劇が始まっちゃうよ~」
            「は、はい」
             とりあえず、私は当初の予定通りカシミアくんと劇を見ることにした。
             劇が終わり、私はカシミアくんと劇場から出る。
            「いやー、面白かったねぇ」
            「はい! 主人公の騎士がかっこよかったです! お姫様殺しの嫌疑をかけられて騎士団を追われて、そこから昔の仲間に助けられて逆転して、黒幕の大臣を倒すところが一番興奮しました!」
             カシミアくんは劇を見て、大興奮していた。これまでで一番饒舌じょうぜつになっている。
             そんなカシミアくんは可愛いよ、と私は心の中で呟つぶやいた。
             劇場に来るのは初めてのようで、最初は緊張した様子だったけど、劇が始まると食い入るように見つめて、最後には夢中で楽しんでいた。
             誘ってよかった~っと純粋に思う。
             まだまだ続くカシミアくんの演劇トークを聞きながら、私は心眼で周囲をサーチした。
            (う~ん、まだいる)
             それに引っかかったのが、こちらを物陰から窺うかがう男女四人だった。
             バレないように変装しててもだいたい誰なのかはわかる。
             気になるけど、まだ様子を見ることにした。
            「それじゃあ、ごはんでも行こっか!」
            「あ、はい」
             二人で近場の安くて美味おいしいレストランに向かったけど、ちょうどお昼時なので混んでいた。
            「ちょっと買い物してからまた来ようか。それともお腹空すいてる?」
            「いえ、大丈夫です」
             レストランが空すく時間になるまでショッピングする。
             ほとんどウィンドウショッピングだけど、小物屋さんや雑貨屋さんを見て回った。
             結構楽しくて、一時間ほど費ついやしてしまったころ、二人ともお腹が空すいてきてしまった。
            「そろそろ空すいてそうだし行こうか~」
            「はい」
             狙い通り、レストランには空席ができていて、すぐに案内されて注文をする。
             取り留めのない話や、午前中に見た劇の話をしながら待ってると、料理がやってきた。
             玉ねぎのスープに口をつけながら、カシミアくんに尋ねる。
            「美味おいしい?」
            「はい、とっても美味おいしいです。値段も安いですし、その、ちょっと安心しました……。あ、あと劇を見るのも初めてで面白かったです。こんな休日、久しぶりで……エトワさま、ありがとうございます」
            「う~ん……さまは付けなくていいよ。同い年なんだし」
             やっぱりカシミアくん、話の端々はしばしから苦労してそうな感じだ。
            「えっ……えっと、じゃあエトワさんで……」
             なぜかさんが付いてしまったけど、まあ仕方ないか。
             私もそろそろ本題に入ってみる。
            「そういえば気になってたことがあるんだけど聞いていい?」
            「気になってたことですか?」
            「この前のアンデューラなんだけど」
            「はい……」
             アンデューラというワードが出ると、カシミアくんの表情が硬くなった。
            「私に魔法を撃とうとしたとき、結局撃たなかったよね。タイミング的に撃てたと思うから、なんで撃たなかったのかなってずっと気になっちゃって」
            「あの、ごめんなさい……」
            「いやいや、謝ることじゃないんだよ! ただ気になっただけだから! こっちこそ変なこと聞いてごめんね!」
             いきなり謝罪するカシミアくんに、私は焦って手を振る。
            「でも、カシミアくん悩んでることがあるみたいだからさ。気になってたんだよね。できれば聞いておきたいなって思って。嫌なら話さなくてもいいけど、誰かに話せば楽になることもあると思うよ」
             カシミアくんは人に気を遣っちゃう性格みたいだから、私まで遠慮してちゃダメだなと思い、ぐいっと踏み込む。でも、押しつけがましくならないように。
            「そうだったんですか……」
            「うん」
             カシミアくんはそれを聞いて、少しの間、俯うつむいて沈黙する。
             相談するかどうかはカシミアくんの意思だから、私はじっと待った。
             やがてカシミアくんは、ぽつりぽつりと話してくれる。
            「あの……僕……魔法の制御が下手なんです……。あのときも確かに魔法を撃とうとはしたんですけど、味方の人にもぶつけてしまわないか、不安になって……」
             それは彼の優秀な魔法の成績から考えると、ちょっと不思議な答えだった。
            「この学校に入学して初めての授業で僕、魔法を暴走させてしまったんです。周りの子を巻き込んで、怪我させちゃって……。それ以来、怖くて人前で魔法を使えないようになりました。また周りの子を巻き込まないか怖くて、授業やテストでもできなくて……。当然、成績も悪くて、このままじゃ退学だったんですけど、先生が気づいてくれて、一人で補習やテストを受けさせてくれるようになったんです。それで、学校にはなんとか残れてるんですけど……」
             そうだったのか……
            「一人のときは魔法をちゃんと使えるんだよね」
            「はい……まだちゃんとは制御できないんですけど、先生のおかげで使えるようになりました……。でも……しばらくしたら周りの子たちから『ひいき』って呼ばれるようになって……」
             なるほど、そういう事情だったのか。カシミアくんは努力してるわけだけど、周りの子たちから見ると魔法をろくに使えない子が好成績を取ってるわけだから、ひいきに見えてしまうわけだ……
            「それで、だんだんと貴族の子たちからだけじゃなく、平民の子たちからも避けられるようになってしまいました……」
            [圖片02]
             一人は辛いよね。私もソフィアちゃんたちがいなかったらって考えるとへこむ。
             いろんな立場があって難しい話だけど、カシミアくんは悪くないと思う。けれど、カシミアくんが人前で魔法を使えるようにならないと、貴族の子たちの気持ちも治まらないだろう。
            「クレノ先輩だけは僕に話しかけてくれました。いろいろと話を聞いてくれて、お返しにっていろんな面白い話を教えてくれて、エトワさんの話もそこで聞きました。そんなクレノ先輩も卒業しちゃいましたから、それからはずっと一人でした……」
             語り終えたカシミアくんの表情はすごく悲しそうだった……
             まだ子供なのに、親もとを離れて、ルーヴ・ロゼに一人でやってきた。それなのに周りからは避けられ、友達もできない日々。どうやら貴族の支援も切れてるようだった。
             どうにかしてあげたい。
             でもトラウマのある子をどうにかしようとするには、私は魔法の知識がなさすぎる。かといって、貴族の子たちの偏見を取り去るのも……正直言って私じゃ無理だ……。相手にされない。
             結局、話を聞くことぐらいしかできそうになかった。クレノ先輩も同じ気持ちだったんだろうか。
             そんなとき、私はふとあることに気づいた。
             私があらかじめ抱いてた疑問点の一つが、カシミアくんの話からは抜け落ちてた。
            「そういえば、ザルドさんチームに入ってるのはなんでなの?」
             そこも悩みに関わってると思ったんだけど、一切話に出てこなかった。
             私の疑問に、カシミアくんは目をぱちくりさせる。
            「あ、それは、三年生になったらいきなり言われたんです。ザルドさまから、俺たちのチームに入れって。たぶん、成績だけ見て優秀な平民の子だって勘違いしちゃったんだと思います……」
            「なんかザルドさんといると辛そうだったけど。というか怯おびえてるみたいで」
            「それは僕が出る試合はほとんど負けっぱなしで……申し訳なくて……。僕、全然役に立ててないのに、ザルドさまずっとボンゴさまを外して、僕を試合に出し続けて、どんどん順位が下がってしまって、降格寸前になったのもほとんど僕のせいなんです」
             あれ、怯おびえてたのではなく、申し訳なく思ってたのか。
             まあ、この子のことだから申し訳なさすぎて、怯おびえてもいたんだろうけど。
            「たぶん、ザルドさまも意地を張られてたんだと思います……。チームに入れた平民がこんなに使えないとは思わなくて……。最後の試合、ようやく外されて、ついに見捨てられちゃったのかと思って、悲しいけどちょっと安心しました……。でも、また入れ替え戦では僕を入れるって言われて、もうどうしたらいいのかわかりません……」
             話を聞く限り、カシミアくんはザルドたちに悪印象はまったくないようだった。
             カシミアくんは俯うつむきながら、胸の内を聞かせてくれた。
            「別に人形ドゥーラでもいいんです。それが自分の居場所になるなら。でもその役目すらろくにできなくて……。ザルドさまには本当に申し訳なく思ってます……」
             ふと何かを思い出し、自嘲じちょうするような笑みがカシミアくんの表情に浮かぶ。
            「そういえばポルフィーネ祭の願い事、『自分の居場所が欲しい』って書いたんです。そんなのプレゼントでもらえるわけがないのに……。恥ずかしくなって、あとで木から外したんですけど……」
             私はなんとなく、カシミアくんが今どういう状況にいるかわかってしまった。
             推測も多分に混じってるけど。
            「あの、もしよかったら……エトワさん……。僕と友達になってもらえませんか……」
             勇気を振り絞る感じでそう言うカシミアくんに、私は腕を組んで唸うなった。


            IP属地:中国香港7楼2020-07-12 16:14
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              「う~~~ん」
              「あ、やっぱり僕となんて嫌でしたよね、ごめんなさい!」
               涙目になってすぐに距離をとるリアクションが、本当に子ヒツジっぽい。
               私は首を振ってちゃんと返事をする。
              「いやいや、友達になるのは全然かまわないよ。っていうか、私はすでに友達じゃないかなとか思ってたよ。むしろもう友達だよ! でも、その前にカシミアくんにはやることがあるんじゃないかって思って」
              「やることですか?」
              「うん、ちゃんと言葉にして相手に伝えるっていうこと。お互いさまだとは思うけど」
               伝えるって……? とカシミアくんは首をかしげる。
              「とりあえず、お店を出ようか」
              「は、はい」
               お会計を済ませて、私たちは店を出る。
              「どこに行くんですか、エトワさん?」
              「こっちこっち」
               私はカシミアくんの手を取り、ある場所へと案内する。
               そこはレストランの近くから入れる路地裏。
              「こ、こっちに来ますよ……」
              「おいっ、どうにかしろ!」
              「行き止まりです……無理ですね……」
               私たちがずんずん近づくと、あちらから慌てる気配が伝わってくる。
               そこにいたのは、上級生四人組。
               朝、劇場に入り、劇を鑑賞して、買い物をして、それからレストランに入って、出てきて。私たちのお出かけの間、ずっとカシミアくんをつけてた人たち。
              「ザルドさま、なんでこんな場所に⁉」
               その姿を見て、カシミアくんが目を丸くする。
               私は彼らにも伝える。ちょっと厳しめの声音こわねで。
              「ちゃんと言葉にしてないから、カシミアくんに何も伝わってないですよ……」
               それからカシミアくんの手を放した。
              「あ、エトワさん……」
              「とりあえず、勇気を出してカシミアくんの思ってることをぶつけてみなよ。勘違いでもいいからさ。それじゃあ、また遊ぼうね~」
               私は呆然とするカシミアくんに手を振ってその場を離れた。
               カシミアくんはザルドさんたちと向き合う。ちょっと戸惑った表情で。
               ザルドさんたちのほうはなんか気まずそうにしていた。
               お互いしばらく沈黙したあと、カシミアくんが決心した表情でザルドさんたちに言った。
              「あの、いつも試合で足を引っ張っていてごめんなさい。僕のせいで負けてごめんなさい。僕は人形ドゥーラなんだから、むしろ役に立たなきゃいけない立場なのに」
              「ああんっ! 人形ドゥーラだと⁉」
               ザルドさんが驚いたように叫んだ。
              「おい、まさか、俺が人形ドゥーラなんて使う器うつわの小さい人間に見えてたのかよ!」
              「ひぃっ、ごめんなさい」
               いや、そりゃ見えるよ。悪人面づらだし、今だってカシミアくん怯おびえさせてるし。
               それを諌いさめるように、猫っぽい目つきの女の人が間に入る。
              「いやいや、誤解されても仕方ないですよ。むしろ、それ以外どう受け取れって言うんですか」
              「ああんっ、レメリィ、てめぇ俺のせいだって言うのか?」
              「どう考えても御大将おんたいしょうのせいですよ。だから私はちゃんと説明しようって言ったじゃないですか」
              「はぁ⁉ こんなこといちいち言うことじゃねぇだろうが!」
               言い争いを始める二人に、カシミアくんが呆然と呟つぶやく。
              「あの、どういうことですか。人形ドゥーラじゃなかったら、なんで僕はこのチームに……」
               するとレメリィさんが振り返り、怯おびえさせないように笑顔を作って言う。
              「ごめんね、ずっと誤解させちゃってて。本当にうちの御大将おんたいしょうは……。カシミアくん、ポルフィーヌ祭の日に、お願い事に『居場所が欲しい』って書かなかった?」
              「はっ、はい……」
               なぜ知ってるのかと、カシミアくんは驚いた瞳でレメリィさんを見つめる。
               するとレメリィさんは苦笑いして、ザルドさんを指差した。
              「うちの御大将おんたいしょう、顔に似合わず平民寮でやるポルフィーヌ祭のパーティーの後援なんかしててさ。それで偶然、見ちゃったんだよね、カシミアくんの願い事。それで『こいつをチームに入れるぞ』って言い出しちゃって。びっくりしたよね、ごめんね」
               自分がチームに入れられた真相を聞き、カシミアくんは目をまん丸にした。
              「それからカシミアくんの成績を調べて、本当はうちのチームに入ってもらうにはちょっとランクが高すぎたんだけど、先生に相談したり交渉したりして、ようやく許諾きょだくが取れたんだ。それで、そのまま勢いでやっちゃったんだけど……もし上のリーグに入りたかったならごめんね……」
              「じゃ、じゃあ、僕がチームに入れてもらえたのって……」
              「俺たちの仲間に入れるために決まってるだろーが!」
               ザルドさんが腕を組んで、大声で言い放つ。
               すると、後ろの二人がぼそぼそとザルドさんへの文句を言った。
              「決まってるだろーがって、その容姿でそんなこと言っても、まったく説得力ありませんよね」
              「俺たちがソフトランディングさせようと、散々さんざん忠告してこれだからな……」
              「うっせー、俺に文句あるのか、カリス、ボンゴ!」
               おかっぱの男の人がカリスさん、背の高い人がボンゴさんだと思う。
               聞こえるようにリーダーの悪口を言う二人にザルドさんが吼ほえる。
               そんな四人の会話を呆然と見ていたカシミアくんは、ずっと心の奥に秘めてた疑問を吐き出すように、ザルドさんたちに聞く。
              「じゃ、じゃあ、僕のせいで負けっぱなしだったのに試合に出し続けていたのは……」
              「それもごめんね。ちょっとだけ事情は聞いてたんだけど、御大将おんたいしょうが試合に出して慣れさせれば治るって言い張って」
              「なせばなる!」
              「なりませんでしたよね」
              「みんな御大将おんたいしょうのように図太い神経してるわけじゃないんですから……」
               三人が呆れたようにザルドさんを見た。
              「じゃあ、リーグの最後の試合で外されたのは……」
              「さすがに見てられなくて、私たちが一旦休ませましょうって言ったんだよね」
              「うん、見てられなかった」
              「御大将おんたいしょうもかわいそうなことをする……」
              「なんだよ! てめぇら! 俺が悪いって言うのか!?」
              「悪いですよ。諸悪しょあくの根源でした」
               レメリィさんが冷たくザルドさんを睨にらむ。


              IP属地:中国香港8楼2020-07-12 16:17
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                「そのあとの入れ替え戦で出ることになったのは……」
                「重要な試合こそ、成長するチャンスだろうがぁ! 出さねぇでどうする⁉」
                「すぐこれだもんなぁ……」
                 単純で無鉄砲としか言いようがないザルドさんの性格に三人はため息を吐ついた。
                 でもカシミアくんは、ザルドさんたちの話を聞いて、だんだんと目を潤うるませて、言葉を詰まらせながら……
                「じゃあ……じゃあ……」
                 何か言おうとして言葉にできない、そんなカシミアくんを優しい瞳で見ながら、レメリィさんは微笑んで言った。
                「いろいろ辛い思いをさせちゃったみたいでごめんね。ここがカシミアくんの居場所だよ」
                 潤うるんだ青い瞳を向けられ、ザルドさんが腕を組んでまた吼ほえる。
                「そうだ! ここがお前の居場所だ!」
                 カシミアくんの目から、一つ、しずくが零こぼれ落ちた。
                「うっ……ひっく……ううっ……」
                 それからぽろぽろと、綺麗な青い瞳からたくさんの涙が零こぼれ落ちていく。
                 それを見てようやくザルドさんは焦りだした。
                「おっ、おい。なんで泣くんだよ! ふざけんなよ! ぶっころすぞ!」
                 言葉は乱暴だったけど、その表情はとても困って焦った様子だった。ザルドさんなりにカシミアくんのことをちゃんと思いやってるんだろう。
                 それをチームの三人が呆れた顔で見る。
                「ほらぁ、やっぱり辛い思いさせてたじゃないですか」
                「本当にうちの御大将おんたいしょうはバカですね」
                「この機会に繊細せんさいな人の心というものを学んでください……」
                「てめぇら、あとで覚えとけよ。くそっ。ほらっ、泣きやめ、アイスでも食うか? そこの店で買ってやるからな!」
                 三人に散々さんざんに言われながら、ザルドさんはザルドさんなりに必死にカシミアくんを慰なぐさめる。
                 まあ実際、彼が素直になってれば、カシミアくんはこの二ヶ月もっと楽しく過ごせてたはずなのだ。これぐらいは罰が当たって当然だと思う。
                 カシミアくんは一生懸命、溢あふれてくる涙を拭ぬぐいながら、ザルドさんに言った。
                「あのっ……僕なんかをチームに入れていただいて……ありがとうございます……」
                「そんなの別に感謝されるようなことじゃねーよ! そんな風にうじうじする前に、ちゃんと魔法使えるようになって、うちのチームに貢献こうけんしやがれ!」
                 その乱暴な言葉にカシミアくんは、涙を止めてようやく微笑む。
                「はい、がんばります!」
                 そんなやり取りを、今度は隠れる側になって見ていた私は、一件落着したようなので、ほっとしながらその場を離れる。
                 居場所ができてよかったね、カシミアくん。そんな風に思いながら。
                 でも、そんなのんきにしていられたのは、次の入れ替え戦の日までだった。
                     * * *
                 入れ替え戦の二戦目の日がやってきた。
                 エトワたちもザルドたちも、すでに戦いのフィールドに出現していた。
                 見学席には護衛役のいつもの三人と、まばらにではあるが小等部の生徒たちがいる。
                 ザルドたちのチーム編成は、リーダーのザルドに、猫っぽい目つきの少女レメリィ、おかっぱの少年カリス、それから新人のカシミアという『いつもの』編成だった。
                 最上級生のボンゴは今回も外れている。
                「あーあ、またひいきが出てるよ」
                「こりゃ、あっちのチームの負けだな」
                 見学席にはカシミアのクラスメイトもいた。彼らはエトワの噂うわさを聞いて試合を見に来ていた。
                 しかしカシミアがメンバーにいるのを見ると失望した顔をした。ゴールドクラスでありながら、魔法もろくに使えないカシミアがいることで、試合はザルドチームの敗北に終わると見切ったのだ。
                 二つのチームは、試合開始の合図を待ちながら、お互いに見つめ合っている。それぞれの胸中にある思いはさまざまだが、エトワはカシミアがまたフィールドに立っているのを見て、よかったねと内心笑顔になった。
                「エトワさま、攻撃の手順は大丈夫ですね」
                「はい」
                 サルデンの言葉にこくりと頷うなずく。
                 今回の作戦もいつも通り、エトワが最初から透明の布アヴィジーバを使って姿を消し、相手に突っ込んで攪乱かくらんし、サルデンたちがとどめを刺す。
                 と見せかけて、今回はサルデンたちが先に突っ込む作戦だった。エトワはあらかじめ消えておくが、時間ぎりぎりまで隠れて相手の注意を引きつけ、サルデンたちの奇襲が成功しやすい形にもっていく。
                 初動はいつもと同じだが、攻める順番は真逆。単純なようでいて、透明の布アヴィジーバで何度も奇襲を成功させたエトワの注目度を考えれば、かなり有効な作戦だ。
                『試合開始です』
                 先生の号令と同時に、エトワは透明の布アヴィジーバの魔法を発動させる。
                 消えながら横に回り込む動きを、わざと相手にちらっと見せつけた。
                「いくぞ!」
                 それと同時にサルデン、ゾイ、カリギュは、相手のほうへと素早く移動を始める。
                 一方、ザルドたちのチームは開始場所から動かなかった。
                「あの……本当にいいんですか……?」
                 カシミアがザルドのほうを窺うかがい、不安げに尋ねている。
                 ザルドは腕を組んでいつものように吼ほえた。
                「やれ! 遠慮すんな!」
                「でも、少し離れたほうが……」
                「俺たちは大丈夫だって言ってるだろ! 仲間を信じられねーのか?」
                「わ、わかりました……」
                 ザルドの言葉に、カシミアはようやく決心した表情で頷うなずく。それからその青い瞳にぐっと力を込めた。
                 次の瞬間、周囲にそよ風が吹いた。その風はだんだんと強くなっていく。
                「なんだあれは⁉」
                 見学席がざわつく。
                 そよ風からすぐに突風へと変貌へんぼうした風は、次第に渦うずを巻いていき、砂や小さな石を空へと舞い上げる。それはカシミアを中心として、つむじ風のような風の柱を形成した。
                 当然、カシミアの周りにいたザルドたちは突風の中に巻き込まれる。レメリィがちょっと辛そうによろめいた。


                IP属地:中国香港9楼2020-07-12 16:20
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                  「あれは……風の魔力の暴走だ……」
                   それは未熟な魔法使いたちが、稀まれに起こす魔力の暴走だった。生まれつき強い魔力をもちながら、その制御に失敗し魔力を暴走させたとき、このような暴風が起きると知られている。
                   しかし、魔力の暴走が起きているというのに、カシミアに苦しんでいる様子はない。
                  「あの、大丈夫ですか……?」
                   本人は落ち着いた様子で、ザルドたちを心配そうな顔で見ている。
                   そんなカシミアに、ザルドは暴風の中、腕を組み仁王立ちして叫んだ。
                  「この通り俺たちは全然大丈夫だ! 遠慮なんかして止めるんじゃねーぞ!」
                   威勢のいいことを言っているが、強風を堪こらえる足はぷるぷるしている。それでも意地で平気なふりをして、偉そうな態度を崩そうとしない。
                   そんなザルドを見たカシミアは、覚悟を決めたように真剣な表情で頷うなずいた。
                  「はい……!」
                   その様子を見て、見学席のソフィアたちも驚いた顔で呟つぶやく。
                  「魔力を暴走させたまま制御している?」
                  「そうみたいだな……」
                   ソフィアたちから見ても、これは魔力の暴走だった。
                   制御できていない魔力が、暴風となって顕現けんげんし、周囲を巻き込み荒れ狂っている。
                   なのに、それと矛盾むじゅんするように、カシミアの状態はとても安定していた。暴走状態にありながらも、制御を失う気配がない。暴走したまま、安定してしまっている。
                  「よし、戦えるな!」
                  「はい!」
                   ザルドの言葉に、カシミアは強く頷うなずいた。
                   フィールドに起立する風の柱を見て、サルデンたちの足が一瞬止まる。
                  「どうする⁉」
                   カリギュがサルデンに問いかける。
                   横に回り込んだエトワも同じように、サルデンに視線を向けた。
                   しかし、エトワの姿はサルデンたちにも見えない。一度姿を消すと、意思疎通いしそつうができなくなる。そこが透明の布アヴィジーバの弱点だった。
                  「もう透明の布アヴィジーバを発動させてしまっている。このままじゃ時間がなくなるだけだ。作戦通りやるしかない! いくぞ!」
                   結局、百五十秒という制限時間がある以上、サルデンたちに様子見という選択肢は取れなかった。三人一緒に攻撃魔法の射程距離まで詰め、まずゾイが魔法を放つ。
                   風の刃やいばの魔法。
                   半月の形をした風の刃やいばが、ザルドたちに向かって飛んでいく。
                   カシミアが起こす風に曝さらされているザルドたちには、回避行動が取りにくいはずだった。
                   しかし、嵐の中心にいるカシミアが、ゾイへと目を向ける。
                   小柄な少年の、中指と人差し指が自分に向けられたとき、ゾイはぞくっという悪寒おかんを感じた。
                   次の瞬間、カシミアの指先から魔法が放たれる。
                   ゾイが放ったのと同じ、半月状の風の刃やいばの魔法。しかし、その大きさは三倍ほどあった。
                  「なっ……!」
                   巨大な風の刃やいばは、ゾイの放った風の刃やいばごと、ゾイを呑み込む。
                  「うわああぁっ!」
                   ゾイが落とされた。
                  「ゾイっ⁉」
                  「そんな! あとから撃ってあの威力だと⁉」
                   エトワも呆然と、その光景を見ていた。
                   それから瞬時に判断する。
                  (今すぐ私が突撃しないとまずい……!)
                   カシミアの放った魔法は尋常じゃない威力だった。
                   このまま正面から撃ち合えば、サルデンたちのほうがやられる。
                   エトワは相手の背後から距離を詰めた。
                   そのときカリギュが気づく。
                   カシミアの視線が後ろへ向いていることに。
                  「気づかれてるぞ! エトワ! 逃げろ!」
                   エトワも感じていた。
                   カシミアの周囲を吹き荒れる風に踏み込んだ瞬間、何かにまとわりつかれるような感じがした。
                  (もしかしてこの風、私の心眼みたいに領域に入った存在を感知できる……⁉)
                   エトワは身を翻ひるがえして、その場から逃げる。
                  (どうする、時間がない……)
                   もう、透明の布アヴィジーバの効果時間は残り三十秒ほどだった。
                   近くの建物の陰に隠れて、次の攻め手を考えるエトワだったが、その耳にサルデンの声が届く。
                  「エトワ! できるだけ遠くへ逃げろ!」
                   カシミアがエトワの逃げた方角を見つめ、二本の指を突きつけていた。
                   小さく覚悟を秘めた声で呟つぶやく。
                  「ごめんなさい、エトワさん……。でも……僕はこのチームを勝たせます!」
                   えっ、と思う前にカシミアの軽やかな短縮詠唱えいしょうがフィールドに響いた。
                  『大気圧縮弾エアーボム』
                   次の瞬間、エトワの隠れていた家屋の上空に、風が集まっていく。見覚えのある魔法。
                   でも、その規模は桁けた違いに大きい。
                   上空へと向かう風の流れに、エトワは足を取られる。その風は巨大な空気の爆弾を作り出し、一気に弾はじけた。凄すさまじい爆風が、エトワの隠れていた一帯を呑み込んでいく。
                  (まずいっ……! 逃げなきゃ……!)
                   手遅れなのを感じながらも、エトワはあがくために走る。
                   だが、凄すさまじい速度で、爆風は建物を倒壊させながらエトワに迫ってくる。
                  (だめだ! やられる……!)
                   それを確信したエトワは思考を切り替える。
                  (ここでカシミアくんを倒さないと、勝ち目がない……!)
                   エトワは爆風に足を呑み込まれながら、咄嗟とっさに建物から体だけ出し、カシミアへと射線を作った。そして風不断フーチェイを投擲とうてきする。
                   まっすぐカシミアの首もとを目がけて飛んでいく風不断フーチェイ。
                   しかし、周囲を吹き荒れる風がその軌道を曲げ、エトワの最後の攻撃は何もない場所に落ちた。
                  (だめかぁ……)
                   そのままエトワは爆風に呑まれ、退場することになった。
                   残ったサルデンとカリギュは、エトワがやられた光景を見て呆然とする。
                  「バカな……大気圧縮弾エアーボムをあんな短時間で……⁉」
                  「威力もおかしいぞ……」
                   しかし、呆ほうけている暇はなかった。
                   エトワを倒し、カシミアの瞳がサルデンたちに向く。
                   カシミアはすぐに呪文の詠唱えいしょうを始める。
                   さっきと同じ大気圧縮弾エアーボムの魔法。サルデンたちは出遅れた。
                  「まずい……この距離は近すぎる……」
                   攻め手を担当するために、サルデンたちはザルドたちとの距離を詰めていた。この距離では、大気圧縮弾エアーボムから逃げようがない。障壁しょうへきを作っても、あの威力では無駄だろう。
                   詰つみだった。
                   サルデンたちが何の対抗策も打ち出せないまま、カシミアの魔法は完成する。
                  『大気圧縮弾エアーボム』
                   また生まれた大気の爆発が二人を呑み込み、あっさりと決着をつけた。
                  『ザルドチームの勝利です』
                   アナウンスが響く。
                   圧勝だった。カシミア一人でエトワたち四人を全滅させた。
                   カシミアがいるチームが負けると予想した生徒は、その光景を見て呆然と呟つぶやく。
                  「あいつ……あんなに強かったのか……」
                  「う、嘘だろ……」
                   カシミアが人前で魔法を使えなかった理由、それがあの暴風だった。魔法を使おうとすると、必ずあの風を生み出してしまう。
                   魔力の暴走に人を巻き込んだトラウマを抱えながら、なんとか魔法を制御できるようになろうと努力した結果、なんと暴走させたまま魔法を使えるようになってしまった。
                   しかし、代わりに普通の魔法の制御はできなくなってしまい、周りの生徒を風に巻き込むのを恐れ、授業やテストでは使えなくなってしまった。
                   先生はそれに気づき、一人で試験を受けさせていたのだが、クラスメイトたちにはひいきだと誤解され、魔力を暴走させたという汚点と、先生が気づく前の成績不振により、支援していた貴族からも縁を切られてしまっていた。
                   しかしザルドたちという信頼できる仲間を得て、カシミアはその力を人前でも使う決心をした。暴風に巻き込まれても平気だと、ザルドたちがカシミアに言ったのだ。
                   仲間のために勝利を得たカシミアは、纏まとっていた暴風を収める。
                   それからザルドたちに無邪気な顔で微笑んだ。
                  「がんばりました! 見てくださいましたか、ザルドさま!」
                  「あ、ああ……。よくがんばったな……!」
                   ザルドが褒めると、カシミアはさらに嬉しそうな表情をした。
                   しかし、実際のところザルドの顔は少し引きつっていた。
                   レメリィが含み笑いを浮かべ、ザルドに耳打ちする。
                  「予想をはるかに超えた力でしたね。これは人形ドゥーラ使いの汚名は避けられませんよ、ザルドさま」
                   ザルドもカシミアには聞こえない小さな声で反論した。
                  「うっせぇ、上のリーグに上がればいい話だろうが! これからはあいつが出ても文句を言われないリーグを目指すぞ! いいな!」
                  「はい、そうですね。そうしましょう」
                   ザルドの言葉に、レメリィは含み笑いのまま、頷うなずいて離れていく。


                  IP属地:中国香港10楼2020-07-12 16:25
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                    「どうしました?」
                    「なんでもねーよ! それより今日はよくがんばったな。晩飯でも一緒に食いに行くか!」
                    「本当ですか。嬉しいです」
                     ザルドの言葉に、カシミアはまた笑顔になる。
                     そんな二人を見て、レメリィとカリスはやれやれといった表情でひそひそ話をする。
                    「いやぁ、本当にカシミアくんがいてくれて助かりましたね。このままだとうちのチームは降格一直線でしたからね」
                    「ああ、御大将おんたいしょうの考えた『目を凝こらしてよーく見れば透明の布アヴィジーバだって見える』作戦はひどかった……」
                     そうして入れ替え戦の二戦目は、ザルドチームの勝利に終わったのだった。
                        第六章 最後の戦い、最初の戦い
                     私たちは控え室で意気消沈していた。
                    「すみません、カシミアくんがあんなに強くなっちゃったのは私のせいかもしれません……。この前の休日にいろいろと相談に乗ったりして……」
                    「いえ、アンデューラは本来、お互い競い合って戦う力を高めるためのものです。あれが本来の実力なら、エトワさまが悪いわけではないと思います……」
                    「とはいっても現実的なことを言うとちょっとあれは……厳しいな……」
                    「すみません~~~……」
                     カシミアくんが元気になったのは良かったのだけど、サルデンさんたちには申し訳ない……
                     私たちとカシミアくんの力の差は、もはやお互い全力を尽くしてがんばろうねなんて、そんなスポーツマンシップが及ぶ力の差ではない。マジックアイテムのおかげで魔法使い相手にも戦える気になってたけど、上にはあんな怪物がいるのだ。さらにその上にソフィアちゃんたちがいる。
                    「あの力から言って、確実にリーグ中位以上の実力はある……」
                    「そんな相手に僕たちが勝つ方法はあるんでしょうか……」
                     その問いかけに、誰も答えられなかった。みんな沈黙する。
                    「……まだ諦あきらめるのは早い。各自この一週間で、できる限りの対策を考えてみよう」
                    「はい」
                     そこで会議は一旦、解散になった。
                     翌日、学校のお昼の時間、サルデンさんたちが教室の前までやってきた。
                    「エトワさまはいらっしゃいますか?」
                    「は~い! どうしました⁉」
                     慌てて廊下に出て、何事かと尋ねると、サルデンさんたちは言った。
                    「エトワさまのコネで、シルウェストレの君きみに稽古けいこをつけていただくことはできませんか?」
                    「ええ⁉ ソフィアちゃんたちに稽古けいこ?」
                    「あのあと、それぞれ勝つための方法を考えていたんだが、今のままじゃどんな作戦を立てても力が足りないってみんなの意見が一致したんだ。修業して少しでも力を底上げしたい」
                    「わ、わかりました。話してみますね……」
                     でも、なんでそこまで……。風の派閥はばつのサルデンさんたちにとって、ソフィアちゃんたちに頼み事をするのはすごく勇気がいる決断のはずだった。彼らの実力ならそうしなくても、次の機会を待てば昇格は狙える。
                     そんな私の考えを察したように、サルデンさんが苦笑して言った。
                    「エトワさまが参加するのは今回で最後ですからね。いい結果で送り出したいでしょう?」
                     その言葉にゾイさんとカリギュさんも頷うなずく。
                     なんか嬉しい。チームの一員になれた気がして。アンデューラに参加して良かったって思えた。
                     カシミアくんは強いけど、私たちも精一杯がんばろう。
                     サルデンさんたちからの頼み事は、ソフィアちゃんにお願いしてみた。
                     リンクスくんはカシミアくんと戦い方が違うし、ミントくんは教えるのには向かなそう。クリュートくんは私の頼み事を簡単に引き受けてはくれない。スリゼルくんは……私の願い事なら聞いてはくれるけど、スリゼルくん自身がどう感じてるかは教えてくれないんだよね。
                    「わかりました。お引き受けいたします」
                    「ありがとう~」
                    「エトワさまからのお願いですし、エトワさまのためになることですからね。それに勝ちたいと努力する人たちを無下むげにはできません!」
                     えっへんとしながら、そう言うソフィアちゃん。本当にいい子だ~。
                     許諾きょだくが取れたことを、サルデンさんたちに報告に行くと。
                    「オッケーが出ました。いつでも良いって言ってましたけど、いつからにしますか?」
                    「もう時間がないので、今日からお願いできますか」
                     そんな風になった。
                     放課後、ポムチョム小学校からルーヴ・ロゼに戻って、サルデンさんたちと合流する。
                    「それじゃあ行きましょう!」
                     拳こぶしを突き上げる私に、カリギュさんが顔を青くして言った。
                    「うーん、緊張するなぁ……」
                     行き先がシルウェストレの君きみたちの家とあって、他の二人もどこか強張こわばった顔をしている。
                    「誰……こいつら……」
                     帰りの護衛担当だったミントくんが首をかしげる。
                    「私のアンデューラのチームの人だよ。シルウェストレの誰かに稽古けいこをつけてほしいって言ってたからソフィアちゃんに頼んだの」
                     すると、スッと目を細め、どこか不機嫌になった声音こわねでミントくんは言った。
                    「なんで俺に頼まない……」
                    「えっ、えー……っと」
                     意外な反応に私は戸惑う。
                    「ミ、ミントくん、やりたかった……?」
                    「そういう話じゃない……。ソフィアだけに頼むのはフェアじゃない……」
                    「うっ……ごめんね……」
                    「うん……」
                     私の謝罪にミントくんはこくりと頷うなずいて歩き出した。ほっ、どうやら許してくれたみたいだ。
                     そうしてサルデンさんたちを連れて、私たちは帰宅する。
                     庭にはすでにソフィアちゃんが動きやすい格好で待機していた。髪型はポニーテール。
                    「話は伺うかがってます。訓練できる期間は短いですが無駄にはなりません。がんばりましょう!」
                     その瞳は燃えている。体育会系だ。
                    「よろしくお願いします、ソフィアさま」
                     サルデンさんたちが頭を下げると、早速、稽古けいこが始まった。
                    「まず私はできるだけ実際の相手に近い実力で振る舞います」
                     そう言うと、ソフィアちゃんはカシミアくんと同じような暴風の結界を体に纏まとった。
                    「お、おお……」
                    「すごい、カシミアくんと同じことができるんだね。さすがソフィアちゃん!」
                     私たちは驚く。
                    「いえ、風に探知の力を付与して、体の周りに吹かせてるだけです。あれを擬似的ぎじてきに再現しただけで、私でも魔力を暴走させながら制御するのは無理です」
                     それでも十分にすごい。
                    「それじゃあ、サルデンさんたちは自由に私に攻撃してきてください。さあ、どうぞ」
                     その言葉に、サルデンさんたちはぎょっとする。気持ちはわかる。いきなりお偉いさんの娘に攻撃するのはハードル高い。
                    「大丈夫です。どんな攻撃でも私には効きません。時間がない以上、実戦形式が一番なんです」
                     躊躇ためらい、攻撃をしてこないサルデンさんたちに、ソフィアちゃんは平然とした表情で言った。傲慢ごうまんな発言でありながら、その表情には自慢の一ひと欠片かけらもない。事実を淡々と突きつける顔だった。
                    「う、うおぉおぉぉぉ!」
                     サルデンさんが決心したように、呪文を詠唱えいしょうし、風の槍やりを放つ。
                     それはあっさり魔法障壁しょうへきに弾はじかれ、逆にソフィアちゃんがサルデンさんに指を向ける。
                    『大気圧縮弾エアーボム』
                     その発動速度は圧倒的で、サルデンさんは防御すらできない。
                    「うわぁっ‼」
                     サルデンさんは悲鳴をあげるが、強力な爆風が直撃する前に、大きな魔法障壁しょうへきが出現し、爆風を防ぎきる。それらの魔法をすべて一人で発動させたソフィアちゃんは、平然とした顔で言った。
                    「このようにサルデンさんたちが危ないときは、私の魔法障壁しょうへきで寸止めします。怪我の心配はしなくていいですが、なるべく自分でも防御できるようにがんばってください」
                    「は、はい……」
                     あらためて高位貴族との力の差を見せつけられ、サルデンさんたちは圧倒された表情で頷うなずく。
                     私もしみじみ思う。上には上がいるんだなぁって。
                    「それでは、他の人もどんどん攻撃してきてください」
                     ソフィアちゃんの言葉に、サルデンさんたちも真剣に向き合う。
                     私もこうしちゃいられないと、素振すぶり用の木刀を走って取ってきた。
                    「よーし、私もやるぞー!」
                     木刀を掲かかげてそう言ったら、その場の全員から「ん?」という顔をされた。
                    「え、エトワはやらないぞ?」
                    「俺たち三人の修業なんですが?」
                    「ええ⁉ なんで?」
                    「なんでってアンデューラならともかく、現実で魔法の撃ち合いに混ざるのは危険すぎます」
                    「でもでも、ソフィアちゃんが障壁しょうへき張ってくれるんでしょ?」
                     ソフィアちゃんのほうを見ると、怒った顔をして言われた。
                    「万一があるから絶対ダメです! エトワさまは大人しくしててください!」
                     ガーン。
                     私だけ修業イベントなしですか⁉
                    「今から魔法の撃ち合いをしますから、エトワさまは家に入っててください」
                     私は修業場所から退場させられた。ベランダで見学しかできない……


                    IP属地:中国香港11楼2020-07-12 16:31
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                      「とほほー……」
                       サルデンさんたちの修業が始まって、三日ぐらいが経った。
                       お風呂に入ったあと、部屋に戻ると、庭のほうからドーン、ドーンと爆発音が聞こえてくる。
                      「今日もがんばってるなぁ~」
                       ソフィアちゃんとサルデンさんたちの特訓は毎日行われてる。
                      「さみしいよ~。私だけ置いてけぼりだよ~。私も何かしたいよ~、天輝さん」
                      『強くなりたいなら戦闘がお勧めだ。この国の北には魔族がいる。倒して回ればレベルアップだ』
                      「そういうのはちょっと……。戦闘狂みたいだし……」
                       魔族がゲームみたいな存在だったらいいんだけど、気質に問題はあれどちゃんと人格をもった存在らしい。あちらが危害を加えてきたら容赦はしないけど、こちらから倒して回るのはちょっと。
                      「とりあえず、筋トレでもしようかな」
                      『ふむ、それも悪くない』
                       ということで腕立て伏せから。
                       お風呂に入ったから汗をかくのはちょっと躊躇ためらうけど、私もがんばらねば!
                       十回を三セットやると、腕がぷるぷるしてきた。
                       我ながらふつう~って感じだ。
                       腕立て伏せは終わったけど、次は腹筋と背筋はいきん。押さえてくれる人が欲しいよね~。
                       ということで、リンクスくんの部屋の前までやってきた。
                      「リンクスくん~」
                      「なんだよ、こんな時間に」
                       なんて言いながら、すぐに部屋に入れてくれるリンクスくん。
                       男の子なのに部屋きれいだよね。こまめに片付けられて、整理整頓されてる。
                       そんな部屋の床に寝そべって、早速お願いした。
                      「今から腹筋するので、介助してください!」
                      「は、はあ? なんでそんなこと俺に頼むんだよ!」
                      「だめ?」
                      「だめっていうか、その……そういうのはソフィアに頼めよ!」
                       剣幕きつめに言うリンクスくん。確かにいきなり人の腹筋を手伝えと言われても困るだろう。
                      「ソフィアちゃんは今、忙しいんだよね~。仕方ない、ミントくんに頼んでみるよ~」
                       そう言って起き上がって、部屋を出ようとしたら、肩をガシッと掴つかまれた。
                      「そんなに困ってるなら俺がやる!」
                      「それではお願いします!」
                       なんかわからないがやる気を出してくれたので、早速、床に寝っ転がる。
                      「あ、ああ……」
                       やる気を出してくれたはずなのに、リンクスくんはぎこちない手つきで私の足を持つ。
                      「もうちょっとしっかり持って!」
                       もっとこうぐいっと押さえてほしいのに、ちょんとしかしてくれない。
                       やるからにはしっかりやっていただきたい!
                       しばらくやり取りして、ようやくリンクスくんは私の足を強めに押さえてくれた。
                       ようやく腹筋ができる。やるぞー!
                      「ふう~、終わった~」
                       丁寧にゆっくりやったので、心地よい疲労感がお腹にある。
                      「もういいよな」
                       リンクスくんがすぐに私の足から手を離したので、私はうつ伏せになって言った。
                      「背筋はいきんもお願いします!」
                      「えっ?」
                       正しい腹筋の介助をしてもらうのにも時間がかかったけど、背筋はいきんはさらに時間がかかった。
                      「ちがうってば~。太ももの裏側をリンクスくんの手で押さえるんだって!」
                       なかなか正しい位置を押さえてくれない。
                       軽く押さえようとしたり、足首を持とうとしたり。
                      「わかってるよ! こ、こうだろ……」
                      「わかってないよ~! もっと上、うえー!」
                       やるからにはしっかりやっていただきたい!


                      IP属地:中国香港12楼2020-07-12 16:34
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                        3-15
                        そうしてこうしてもう日曜日。アンデューラの入れ替え戦、最終戦の日だ。
                         相手は前回と同じ。
                         戦績はお互いに一勝ずつ。この試合で勝ったほうが来季は15〔クインズェ〕にいられる。
                         この戦いに勝つために、私たちは作戦を準備してきた。
                         作戦の考案にはソフィアちゃんも協力してくれた。ソフィアちゃんの見立てでは、カシミアくんはまだ魔法の制御に自信をもってないらしい。
                         魔力を暴走させて暴風を周りに発生させてしまうのに、カシミアくんのチームのメンバーはなぜかその風の圏内けんないにいる。本来なら、他のメンバーは外にいるほうが強かったはずだ。
                         そのほうが自由に動けるし、魔法だって撃ちやすい。
                         それなのに中にいるのは、カシミアくんを安心させるためだと思うけど、もう一つ理由があるとソフィアちゃんは指摘した。
                        「恐らく、近づかれたとき迎撃げいげきする自信がなかったのでしょう」
                         ソフィアちゃんはカシミアくんの癖を指摘した。
                         魔法を放つとき、目標に向かって必ず二本指を向ける。制御に自信のないことの表れだという。
                         もともと魔力を暴走させることに不安がある上に、戦いには不慣れ。これらのことから、逆に近接戦は苦手だろうとソフィアちゃんは分析した。特に前回全滅させられた大気圧縮弾エアーボムは敵に近づかれると使えない。あまりに範囲が大きすぎて、確実にザルドさんたちを巻き込んでしまう。
                         その弱点をカバーするためにも、あえてザルドさんたちは近くにいるんだろうけど、とにかく近づけば、この前みたいに一方的に大気圧縮弾エアーボムで爆撃されて負け、みたいな状況にはならない。
                         といっても、近づくのだって簡単ではない。
                         カシミアくんの強力な魔法を乗り越え、ザルドさん、レメリィさん、カリスさんの三人の守りを抜けて、カシミアくんを倒さなければならない。頼りの透明の布アヴィジーバも通じない。
                         かなり困難に思える。
                         でも、やるっきゃないよね!
                         接近したらカシミアくんに一撃を与える方法も、みんなで考えてきた。
                         あとは成功するかどうかだ。
                         三戦目も同じステージ。お互いが見える位置でザルドさんたちと睨にらみ合う。
                        『試合を開始します!』
                         そのアナウンスと共に、私たちの最後の試合が始まった。
                         まず私たちは距離を保つ。
                         当然だ。カシミアくんの魔法の射程に踏み込むわけにはいかない。
                         サルデンさんとゾイさんが魔法の詠唱えいしょうを始めた。これが完成するまで、私たちはカシミアくんの魔法を受けるわけにはいかないのだ。
                         開始地点なら魔法は届かないので安心。近づいてきたら逃げて時間を稼げばいい。
                         そう考えてた私たちだったけど、その計画はすぐに崩れ去った。
                         カシミアくんが私のほうを見て、二本の指を向けた。
                        『風鎌シックル』
                         その声と共に、三本の巨大な風の刃やいばが、地面を滑すべりながら私へと放たれる。
                        「なっ、この距離で⁉」
                        「詠唱えいしょうを止めないでください!」
                         私に迫ってくる刃やいばに焦るサルデンさんに、そう言いながら私は建物の陰に走る。しかし、カシミアくんの魔法もくいっと軌道を変えてついてきた。
                        (追尾ついびしてくるの、これ⁉)
                         まずい、当たったらゲームオーバーだ。
                        「カリギュ、エトワさまの援護を!」
                        「ああ! わかってる!」
                         カリギュさんが私と魔法の間に障壁しょうへきを張る。でも、止められたのは一つだけだった。
                        「エトワ、透明の布アヴィジーバで振り切れ!」
                        「ダメです! まだこのタイミングじゃ使えません!」
                         透明の布アヴィジーバは当然、作戦の要かなめ。まだ温存しなければならない。
                         建物の角を曲がるとき、二つ目が小屋に衝突して爆散ばくさんしてくれた。当たった小屋は粉々だ。
                         あと一つ。
                         自分でなんとかしなければ――! そうだ、あそこなら――!
                         咄嗟とっさに目についた、樽たるが三角に積み上げられてる場所。私はそちらへと走る。
                         もう背中まで風の刃やいばは迫っていた。
                        「うまぁああああああ!」
                         私は体のバランスを崩さないように樽たるを駆け上る。そして頂上まで上った瞬間、樽たるを風の刃やいばの方向に蹴った。崩れた樽たるが風の刃やいばと衝突し、爆発を起こす。
                         その衝撃に私は吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がった。
                        「うぅ、いたた……」
                         実際には痛みはなかったんだけど、ついついそういう気分になりながら私は立ち上がる。けれどバランスを崩してまた倒れた。
                         見ると右足に大きな木片が刺さってる。現実なら大怪我だ。
                         咄嗟とっさに服を切って傷口を止血して、これ以上ダメージが増えるのを防ぐ。
                         落ち着いた私は、近くに人の気配を感じた。
                         残念ながら味方ではない。敵チームのおかっぱの少年、カリスさんが屋根の上に立ってる。
                         すごくまずい……。足を怪我して、今はうまく動けない。魔法で狙われたら一巻の終わりだ。
                        「参る」
                         カリスさんはそう言うと、魔法で両手から剣を取り出し、なぜか飛びかかってきた。
                         へ?
                         まさかの近接戦という選択にびっくりしながらも、私は無事な左足で地面を蹴り、くるりと体を回して攻撃を避けると、回転の勢いを利用し、風不断フーチェイで相手を袈裟けさがけに斬った。
                        「見事だ」
                         あっさりとカリスさんは退場していく。
                         なんだったんだろう……いったい……
                             * * *
                         その光景を唖然あぜんと、ザルドは眺めていた。
                         口をあんぐりと開け、もともと三白眼さんぱくがんの目を見開き白目の割合を増やすと、特に活躍かつやくもせずやられていったカリスに、顔を真っ赤にして怒鳴りだした。
                        「おい! なんで今あいつは剣で勝負を挑みに行った!? よりにもよって魔法使いを接近戦で倒しまくってる剣士にだ! 遠くから魔法撃ってりゃ勝かち確かくの場面だったろうが!」
                         するとレメリィが、げんなりした顔でカリスを擁護ようごする。
                        「いや、だって御大将おんたいしょう。あの子、近接戦闘ができる魔法使いに憧あこがれて、アンデューラでもそればっかやってたせいで、いろんなチームから追い出された、筋金入りの近接戦闘愛好家じゃないですか。今さら、剣で戦うなって言うほうが無理ですよ」
                        「そんな奴クビにしちまえ! クビだぁ!」
                        「いやいや、うちのチームに入ってくれるような子って他にいませんからね。ボンゴさんが今年で卒業するから、あの子クビにしたらアンデューラに参加できなくなりますよ」
                         そもそも全部知っててチームに入れたのあんたでしょうが。なんで毎回、初見みたいに怒れるかな、とレメリィはザルドの妙に器用な性格に感心しながら呆れた。
                             * * *
                         カリスさんを倒したあと、ようやく落ち着いて私は起き上がる。
                         足を怪我してるせいで、やっぱり歩きにくい。
                        「よっ……と……わわ……」
                         いつもと動きのバランスが違うみたいだ。現実なら歩けないぐらいの怪我だから、歩けるだけマシなんだけど、これからのことを思うと、もう少しだけうまく動きたい。
                         天輝さんの言葉を思い出す。
                        『神が与えたものだけあって、剣を持ったときのお前は運動神経や動作感覚が信じられないほど強化されている。もはや補正と言っていいレベルでだ』
                         試しに鞘さやにしまった剣をまた出してみる。
                         すると歩けた。さっきよりスムーズに!
                        「大丈夫か⁉」
                         カリギュさんが心配そうな顔で私のもとに走ってきた。
                         私は「大丈夫です! この通り!」と答えて、カリギュさんの前でダダダンと走ってみせた。一度感覚を掴つかむと、剣がなくてもできた。
                        「お、おう……。なんかすごいな……」
                         木の破片が突き刺さった足で元気に走る私に、カリギュさんがちょっと引いた顔をした。
                        「ザルドチームはあれから動いてない。例の風のせいで動くと連携が取りづらいってのもあるだろうが、そもそもどっしりと構えて、こちらを迎え撃って勝つつもりなんだろうな」
                         それもそうだろうなって感じだ。
                         魔法の撃ち合いはあちらが圧倒的に有利なのだ。無理して攻めてくる理由はない。でも、こちらにとっても助かる話だ。今、畳みかけられていたらヤバかった。
                        「サルデンたちの準備はできてる。いくか?」
                        「はい」
                         私はこくりと頷うなずき、作戦に必要な最後のピースをカリギュさんに手渡す。
                         合図を送ると、サルデンさんたちの魔法が発動する。
                         それから数秒後、最初の位置で待ち構えているザルドさんたちが耳を押さえた。
                        「おいっ、なんだこりゃ⁉」
                         たぶん一瞬、耳鳴りがしたのだと思う。
                         それに気を取られてる間に、私は距離を詰める。
                        「御大将おんたいしょう! カシミアくんの風が!」
                         レメリィさんとザルドさんは今までカシミアくんの放つ風の中に立っていた。
                         カシミアくんを安心させるためだろうけど、私の透明の布アヴィジーバへの対策も兼ねていたのだろう。しかし、耳鳴りが収まったあと、二人の体は暴風の範囲内から抜け出していた。
                        「こ、これは……⁉」
                         カシミアくんが自分の周囲を見て呆然と呟つぶやく。
                         今、カシミアくんが纏まとう嵐の壁は、その形をいびつに変えていた。カシミアくんの正面では一メートルの厚さしかなくなり、背中側ではその分、ぶ厚くなった暴風が吹き荒れていた。
                         正面側が極端に薄くなった風は、私への感知能力を低下させている。
                         最短距離で一メートル。たとえ私を感知できても、そこはもう攻撃の届く範囲だ。
                         これが私たちの立てた作戦だった。
                         攻撃的な魔法の撃ち合いでは、私たちに勝ち目はない。先手をいくら打っても、後手のカシミアくんが対処してくれば、力の差で押し返される。
                         でも、もうちょっとふわっとした魔法ならどうだろう。例えば一定の範囲に高気圧を発生させる魔法。ダメージなんて与えられない、せいぜい耳鳴りを起こす程度のもの。
                         そんな魔法は受ける側も、どう対処したらいいのかわからない。
                         そもそも対処する必要すらない魔法のはずだった。でも、この戦いでは違う。
                         カシミアくんの風は、上昇気流、つまり低気圧を伴ともなって発生している。だから、高気圧をぶつければ、形を変えることができてしまう。
                         しかも、暴走の結果起きてることだから、自分の意識では制御できないので、対処はできない。
                         これで透明の布アヴィジーバが使える。
                         カシミアくんは焦った表情で叫ぶ。


                        IP属地:中国香港13楼2020-07-12 16:38
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                          「ザ、ザルドさま! どうしましょう!」
                           ザルドさんは腕を組み、強い調子でカシミアくんに言う。
                          「落ち着きやがれ……。来るぞ」
                           私は建物の陰から飛び出し、わざと彼らに見せつけるように、透明の布アヴィジーバを発動させた。
                          『アムズ』
                           私の姿が周囲の景色に溶けて消えていく。
                           不安そうな表情のカシミアくんに、ザルドさんが言う。
                          「安心しろ、お前は俺たちが守る」
                          「そうですよ、私たちが壁になります。カシミアくんは私たちごと敵を倒してください」
                           ザルドさんとレメリィさんが本当の壁のように、カシミアくんの正面に立った。
                           カシミアくんへ攻撃が届くルートが塞ふさがれる。
                           一撃当てるには、先に二人のうちどちらかを倒さなければいけない。とはいえ、私が姿を現せば、カシミアくんともう一人の魔法の標的になる。これではカシミアくんを倒すのは厳しい。
                           でも、私たちはその行動を想定済みだった。
                           私は姿を隠したまま、その場に待機。
                           そして警戒されてない背後から、カリギュさんがカシミアくんの風の中に突撃する。
                          「えっ⁉ う、うしろ⁉」
                           予想しない方向から敵が来るのを感知して、カシミアくんが驚き振り返る。カリギュさんは加速魔法を発動させながら、カシミアくんに迫る。それを確認したザルドさんが叫んだ。
                          「こいつはおとりだ! 惑わされんなよ、レメリィ! 前から来るぞ!」
                           二人はすぐに正面に意識を戻す。
                           おとりとはいえ敵なのだ。なのに、なぜ二人はすぐにカリギュさんから意識を外したのか。
                           それは魔法の同時発動が高度な技術だからだ。
                           私たちの年代だと、ソフィアちゃんたちぐらいしかできない。
                           ここからカリギュさんがカシミアくんに攻撃するには、一旦加速魔法を解き、それから新しい魔法を詠唱えいしょうしなければならなかった。そして魔法の撃ち合いなら、カシミアくんが勝つ。
                           それよりも、唯一カシミアくんを倒せる私に警戒を向けるのは当然だった。
                           カシミアくんですらそうだった。カリギュさんをすぐには倒さず、私からの攻撃に備えている。
                           すべてが私たちの思惑通りだった。
                           カシミアくんの目前に迫るカリギュさん。そのままではカシミアくんを倒す術すべはないはずだった……。しかし、カリギュさんは懐ふところから、一振りの剣を取り出す。
                           星の模様をもつ青い鞘さやに収まった剣――風不断フーチェイ。
                           そう、今、風不断フーチェイを持ってるのは私じゃない、カリギュさんだ。
                           これが私たちの考えた作戦。風不断フーチェイの受け渡し。
                           透明の布アヴィジーバで私が相手の意識を引きつけ、風不断フーチェイを持ったカリギュさんがカシミアくんを倒す。
                           私たちの準備した、敵の意識からは見えない不可視の刃やいば。
                          「なっ……!」
                           カリギュさんが風不断フーチェイを持っていることに、カシミアくんが気づいたときは遅かった。
                           風不断フーチェイの突きがカシミアくんに放たれる。
                          「うわぁっ!」
                           カシミアくんが反射的に伸ばした腕が、カリギュさんの突きをまぐれで受け止めた。二人はそのまま地面に倒れ込む。
                          「くぅっ‼」
                          「うぅぅっ……!」
                           もみ合いになったけど、体格差からカリギュさんが押し切るのは時間の問題だった。
                          「ちっ! しくじった!」
                          「カシミアくん!」
                           それはたぶん、ザルドチームの二人が、カリギュさんを倒す魔法を完成させるより早い。
                          「うぉおおおおお‼」
                           カリギュさんが剣を押し込む。風不断フーチェイの刃やいばが、カシミアくんの首もとまで迫る。
                           それを見たカシミアくんは、何かを決心した表情で叫んだ。
                          「ザルドさま、レメリィさま、ごめんなさい!」
                           次の瞬間、カシミアくんの周囲の風が、爆発するように荒れ狂った。
                           ザルドさんも、レメリィさんも、そしてカリギュさんもその風に吹き飛ばされる。
                           魔力を制御から解き放ったのだ。あれほど魔力を暴走させることを恐れていたのに。周囲を傷つけることを恐れていたのに、それを利用してピンチから脱出した。
                           吹き飛ばされていくカリギュさんの手から、風不断フーチェイが離れて地面に落ちる。
                           カシミアくんはすぐに本物の暴走を収めると、ザルドさんたちに話しかけた。
                          「だ、大丈夫ですか……⁉ ザルドさん! レメリィさん!」
                          「おお、大丈夫だ。むしろ、ナイスだぞ、カシミア!」
                          「いたた、はい、大丈夫ですよ! カシミアくん!」
                           ザルドチームは全員無事だ。しかも、一度激しく暴走したせいか高気圧の効果も消えていた。
                           私たちの作戦は失敗だ。
                           レメリィさんが地面に落ちた風不断フーチェイを見つける。
                          「あれを確保すれば、私たちの勝ちです!」
                           そう言って風不断フーチェイを拾おうと、近づいてきた。そんな彼女に、カシミアくんが叫ぶ。
                          「だめです、レメリィさん! そっちにエトワさんがいたんです!」
                          「へっ?」
                           その通り。
                           私は風不断フーチェイを拾い上げると、レメリィさんを逆ぎゃく袈裟げさに斬った。
                          「し、しまったぁっ……」
                           呆然とした表情で、レメリィさんが退場していく。
                           でも、それが目的じゃない。私はそのままカシミアくんへと走り出す。
                           一撃、たった一撃、当たればいい!
                          「ここは通さねぇぞ、クソガキ!」
                           ザルドさんが私の前に立ちふさがる。
                           私は突きを放った。それはあっさり、ザルドさんのお腹に刺さる。
                           しかし、ザルドさんはそのまま剣を持つ私の手を、両腕で押さえ込んできた。
                           しまった、単純な力比べなら相手が上だ。これじゃあ、剣を動かせない。
                           相手の体に刺さってるので持ち替えることもできない。
                          「へへ、俺様は魔法はクソみてーに得意じゃねぇけどよ、喧嘩けんかなら大の得意だぜ! このままてめぇと一緒に落ちりゃ、うちのチームの勝ちよ!」
                           掴つかまれた腕から、ザルドさんの体が急激に熱を帯びていくのが伝わってくる。
                           たぶん、自爆する気だ。
                           ザルドさんは血を吐きながら、カシミアくんのほうを見る。
                          「カシミア……」
                          「ザルドさま!」
                          「一人になっても折れんじゃねーぞ! この俺様が応援してやってるからな!」
                           その体から高い熱量が漏れ始めるのを感じる。
                           まずい、やられる。そう思った瞬間。
                          「エトワさま!」
                           いきなり飛び込んできたゾイさんが、掴つかまれていた私の腕を引き剥はがした。
                           そのままザルドさんの体を押さえる。


                          IP属地:中国香港14楼2020-07-12 16:41
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                            「ちっ、うぜぇ!」
                             そして背後から、加速魔法を発動させたカリギュさんが私の体を引っ張り上げる。
                            「カリギュ、エトワさまを頼む! カシミアを倒せるとしたら、エトワさましかいない!」
                            「カシミアーーー! お前なら勝てる!」
                             魔法の爆発が起き、ザルドさんとゾイさん、二人の姿が消えていった。
                             カリギュさんに抱えられ、私はその場を離れていく。
                            「ザルドさま……」
                             遠ざかる景色の中、カシミアくんが一瞬、悲しそうにザルドさんがさっきまでいた場所を見つめた。けれどすぐにこちらを見て、二本の指を向けてくる。
                            「カリギュさん、カシミアくんの魔法が来ます!」
                            「ちぃっ!」
                            『風突槍アトゥル!』
                             巨大な風の槍やりが、凄すさまじい速さで私たちに迫ってくる。
                             だめだ、追いつかれる。
                            「クソがっ!」
                             カリギュさんが無理やり方向を変えるように横へ飛んだ。さっきまでいた場所に風の槍やりが刺さり、大爆発が起きた。私たちは吹き飛ばされる。
                            「ううっ……カリギュさん、大丈夫でしたか?」
                             起き上がった私は、すぐに心眼で状況を確認した。
                             カリギュさんはまだ生きていた。……けれど、その太ももから下が、ほとんど消失してしまっていた。そして私も、左肩から先がなくなっていた……
                                 * * *
                             アンデューラのフィールドに風が吹く。
                             カリスが倒され、レメリィも倒れ、ザルドも消えていった。
                             この場所でカシミアは一人になってしまった。
                            「ザルドさん……レメリィさん……カリスさん……」
                             彼らが試合前にくれた言葉を思い出す。
                            『こっちに風がぶつかる? 気にすんな。貴族の世界はぶっ飛ばされる奴がわりーんだよ!』
                            『私たちと一緒に徐々に慣れていきましょう。きっといつか制御できるようになりますよ』
                            『俺は気にしてないよ。むしろ面白い。遠慮なく魔法を使ってくれ!』
                             ずっと、自分の魔法で誰かを傷つけてしまわないか心配だった。
                             周りの人は貴族ばかりだったからなおさらだった。
                             怒られることも、傷つけることも、どちらも怖くて、魔法を使わずにいたら、話しかけてくれる人もどんどんいなくなって、周りから孤立してしまった。
                             それからは、一人ぼっちだと思っていた。
                             魔法をうまく使えない自分はずっとそうなんだと。ザルドのチームに入ってからも……
                             でも、違った。
                             ちゃんと自分を見てくれていた人がいた。一緒にいてくれようとしていた人たちがいた。
                             自分の殻に閉じこもっていた自分は、それにも気づけなくて。
                            「でも、そんな僕をザルドさんたちはずっと待っててくれた!」
                             カシミアの目から、また涙が零こぼれる。泣き虫で、臆病おくびょう者で、そんな自分が嫌いだった。
                             でも、その青い瞳は今、しっかりと前を見つめていた。
                            「だから僕は勝ちます! 一人になったって! 居場所をくれたあの人たちのために!」
                             一人になっても、その戦意はまったく衰おとろえていなかった。
                             サルデンチームとザルドチーム。人数は三対一。
                             しかし、依然としてザルドチームが圧倒的に優位だった。
                                 * * *
                             カシミアくんからの攻撃を受けたあと、私は必死でカリギュさんの体を建物の陰に引っ張っていた。
                            「んぎぎぎっ!」
                             足は怪我してるし、左腕もないから、引きずることしかできない。
                             でも、爆発による土煙のおかげで、カシミアくんからの追撃はまだなかった。
                            「おい、俺のことは放っとけ。どうせこのままじゃ長く持たん」
                            「でも、まだ生きてるじゃないですか。止血すればまだ持つはずですよ」
                            「どうせこの状態じゃ戦えない。それよりお前が生き残ることだけを考えろ。魔法じゃ勝ち目がない以上、あいつを倒せるとしたらお前しかいない」
                             私はきっぱりとお断りする。
                            「いやですよ。一人で責任もつなんて。生きてるならちゃんと手伝ってください」
                             私はカリギュさんの体を建物の陰に運び終えると、彼の服を切って包帯にし、残った右腕と口でなんとか結びつけて止血をする。カリギュさんは私の言葉に苦笑して言った。
                            「せいぜい、魔法を一発撃つぐらいが限界だぞ」
                            「十分です」
                             私はカリギュさんの服から、新しく布地を切り取ると、自分の腕も止血した。
                            「おい、ちょっと待て、なんで俺の服ばっかり使う。自分の服を使え!」
                            「いやいや~、私も一応女の子ですから~」
                             他の傷もカリギュさんの服から取れる布で止血する。
                             おかげでカリギュさんはへそ出しルックになってしまった。あら、おっしゃれ。
                            「まあ服の話は置いといて、大切なのはどうやってカシミアくんを倒すかですよ」
                            「全部、自分の好きなようにしてから置きやがって……」
                             私は考える。
                             正直、もう剣の間合いに入るのは難しい。
                             今の私たちには、あの魔法の攻撃を通り抜ける策も、機動力も存在しない。


                            IP属地:中国香港15楼2020-07-12 16:45
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                              「となれば、もう投擲とうてきで決着つけるしかありませんね」
                               結論はシンプルだった。もう、それしかできない故ゆえに。
                               もともと投擲とうてきで倒す案はあった。
                               ただあの風の壁があるせいで、正確に狙いをつけるのが難しいこと、そして外せば、そこで負けが確定してしまうことから、私たちは風不断フーチェイのスイッチ作戦を選んだ。
                               けど今の状況では、もう投擲とうてきでの一発勝負にかけるしかない。
                              「当てられるのか、この距離で……」
                               カリギュさんの意見はもっともだった。
                               作戦を考えてたときも、こんな遠い位置からの狙撃は考えてなかった。
                               しかも、私たちは大怪我を負い、他の仲間からのバックアップも望めない。きちんと作戦を考えて実行したときと比べたら、命中率は格段に落ちるだろう。
                               というか、ほとんど不可能と言ってもいいかもしれない。
                               でも、やってみるしかない。
                               私は心眼に集中して、フィールド全体をサーチした。
                               天輝さんがいなくて調子が悪いせいか、一瞬、見えてる映像が乱れる。
                               でもちゃんと切り替わってくれた。
                               カシミアくんはまだ動いていなかった。こういうところに、まだ戦闘経験の浅さが出ている。魔法は強くても、移動や追撃の判断は遅い。
                               それでも正面から戦えば、私たちを軽く全滅させられるぐらい強いのだけど。
                               この距離を私の筋力だけで届かせろというのは無茶だ。
                              「カリギュさん、風不断フーチェイの加速はお願いしていいですか? 方角は私が決めるので」
                              「ああ、それぐらいならできそうだ。でも、決めるってどうする」
                               それが問題だった。
                               こんな遠投えんとうの経験はない。いくら神様からもらった才能でも、一発で当てるのは無理だろう。
                               でも、二度のチャンスはない。風不断フーチェイは一本しかないし、投げればカシミアくんから位置を特定される。その後、私たちが生きてる保証はない。
                               一度で、一度っきりで、この投擲とうてきを正しい角度に投げなければいけない。
                               どうする……どうしたらいい……
                               どの角度に、どんな速さで投げれば当たるのか。風の影響はどう考慮したらいいのか。まったくわからない。あまりの難題に途方にくれて空を見上げる。
                               すると、視界に一瞬、変なものが見えた。
                               なにこれ……!
                               目がおかしくなったのかと思って、目をこする。
                               すると、そもそも開いてなかった。当たり前だった……
                               そうしてるうちに、視界に映る変なものがはっきりしていく。それは橙だいだい色の数式だった。
                               何かの計算をしようとしてる?
                               もしかして、と私は思った。これこそが、私の求めてる数式――いつもは天輝さんが処理してくれている情報ではないだろうか。
                               これを解けば、きっとカシミアくんに攻撃を当てるための角度がわかる。
                               そう、これを解けば……って、無理だよぉおおお!
                               なんか見たことのない記号とかあるし、絶対無理!
                               心の中でそう叫んだら、表示される数式がちょっと簡単になった。たぶん高校生レベルの微分積分。変わりに計算の量が増える。
                               私はそれを見て心の中で呟つぶやく。
                               もう一声なんとかなりませんか?
                               すると大量の計算問題がずらっと並び始めた。
                               めちゃくちゃ多い、でもこれなら解ける! でも本当に量多い! でも解くしかない!
                              「ぬぁあああ!」
                              「おい……どうした⁉ 大丈夫か……!」
                              「大丈夫です! だからちょっと集中させてください!」
                              「お、おう……」
                               私はとにかく根性で一つ一つ計算式を解いていく。
                               そうしてる間に、カシミアくんがついに動き出した。
                               こちら側に向かってくる。
                               まずい、位置を悟られたら魔法でやられて終わりだ。
                               そう思っていたら、横から魔法の一撃がカシミアくんを襲った。
                               サルデンさんだ。カシミアくんを止めるために、その前に立つ。でもサルデンさんの撃った魔法は、あっさりと障壁しょうへきで止められた。カシミアくんが反撃の魔法を唱える。
                               二戦目で私たちを全滅させた大気圧縮弾エアーボムの魔法。
                               二本の指がサルデンさんに突きつけられる。
                               するとサルデンさんは準備しておいた加速魔法を発動させる。
                              『大気圧縮弾エアーボム』
                               強力無比な爆発がサルデンさんに襲いかかる。しかし、サルデンさんは加速魔法で、その魔法が致命傷になる範囲から逃れていた。吹き飛ばされ、傷は負ったものの、また立ち上がる。
                              「ソフィアさまに訓練していただいたのだ。簡単にはやられんよ!」
                               サルデンさんがカシミアくんの注意を引きつけてくれる。
                               今のうちに、早く計算を終えないと!
                              「んぎぎぎぎ!」
                               ひたすら計算してたら、鼻から血が出てきた。これ、すごく脳に負担がかかるっぽい。
                               カリギュさんも心配そうに見てるけど、止まるわけにはいかない。
                               何度かの攻防でサルデンさんは傷だらけになっていた。一方、カシミアくんは無傷。それでも私はサルデンさんを褒めたい。あのカシミアくんを相手に時間を稼いでくれてるのだから。
                               それから何度目かの爆音を聞いたあと、最後の計算式がついに解けた。
                              「やったぁー!」
                               私の視界に矢印と、速度が表示される。それから投擲とうてきされたあとの軌道予測も。
                               その終着点は、カシミアくんだった。
                               あとは私とカリギュさんで投げるだけ。
                               立ち上がると、頭がくらっとする。でも、まだ意識を失うわけにはいかない。
                               カリギュさんに必要な数字を伝え、投擲とうてきの構えを取る。
                               左手を失い、右足は怪我、体のバランスは最悪。
                               思い通りに投げられるかは怪しい。そこはもう神様にもらった才能にお願いする。
                              「こっちも……できたぞ……最後の……魔法だ……」
                               カリギュさんの魔法も準備できる。
                               その意識はもう消えかけてるようだった。
                              「いきます!」
                               私は右手を振りかぶり、風不断フーチェイを空に向かって投げる。
                              「うぉぉ……」
                               それにカリギュさんの加速の魔法が乗った。
                              「いっけぇええええええええ!」
                               凄すさまじい速さで風不断フーチェイが空へと飛んでいく。
                               それは一度、空まで上昇すると、放物線を描き、カシミアくんのいる方角へと落ちていく。
                               そしてついに、あのカシミアくんが纏まとう暴風の壁まで到達し――
                               風不断が風を切り裂いた。
                                   * * *
                               魔法により加速された風不断フーチェイは、上空を飛んだあと、カシミアの纏まとう風に突入していく。
                              (何かが来た……⁉)
                               カシミアがその存在を感知したときにはすでに――
                               暴風に負けない速度をもって放たれたそれは、カシミアの体を貫つらぬき、地面に刺さった。
                               大きく腹部を切り開く傷、致命傷だった。
                              (やられた……!)
                               その体が力を失い、崩れ落ち始める。
                               魔力の供給が途絶え、周囲を吹く風が止まる。
                               だが――
                              「まだだ! 僕は――! ザルドさんたちに!」
                               その体が死を迎えるまでには、まだ時間があった。
                               必死の形相で、空へと突き上げた指から、魔法が放たれる。
                              『三風槍トライト!』
                               上空で三叉さんさに分かれた魔法は、二本がエトワたちのもとへ、残り一本がサルデンへと向かう。
                               二本の風の槍やりが向かった先、エトワたちのいる場所では、力を使い果たしたカリギュが眠るように目を閉じ横たわっていた。その隣にはエトワも膝ひざをつき、迫る風の槍やりを動くこともできず見る。
                              「あとはお願いします。サルデンさん」
                               二人のいる場所に、二本の風の槍やりが直撃する。
                               大きな爆発が起き、土煙が治まったころには、二人の体は消滅していた。
                               サルデンは落ちてくる風の槍やりを前進することで避ける。
                               カシミアはすぐに次の魔法の詠唱えいしょうを始めた。
                              「居場所をくれたあの人たちのため――!」
                              「三ヶ月一緒に戦ってくれたあいつのために――!」
                               カシミアの放った風の槍やりを、サルデンの魔法障壁しょうへきが斜めに弾はじく。
                               サルデンはそのまま距離を詰め、全魔力を集中させた風の剣で、カシミアの体を貫つらぬいた。
                               カシミアは控え室で目を覚ました。
                               目を開き、ザルドたちがいるのを見て、状況を察する。
                               自分が控え室にいるということは――
                               負けたのだ……勝てなかった……
                               青い瞳からぽろぽろと涙が零こぼれ落ちる。
                              「ごめんなさい……勝てませんでした……ザルドさんたちが守ってくれたのに……」
                               せっかく一緒に戦ってくれたのに、最後の最後で負けてしまった。リーグも降格だ。
                               なのにザルドたちはカシミアを見つめて、なぜかにっと笑う。
                               ザルドが泣きじゃくるカシミアの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
                              「そんな泣くんじゃねーよ! 謝る必要もねえ! しっかり戦えたじゃねーか!」
                              「そうですよ、立派だったですよ!」
                              「でも、僕、負けて……」
                              「おいおい、次勝てばいい話だろーが! 一回負けたぐらいで、全部終わったような顔しやがって。言っとくが次のリーグですぐに戻って、そこからガンガン上がっていく予定だからな」
                              「そうそう。負けたって終わりじゃないんですよ」


                              IP属地:中国香港16楼2020-07-12 16:48
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